”感動の超大作”というと逆に安っぽく感じてしまうかもしれませんが、今回紹介する作品はそう形容せざるを得ない感動の超大作『さくら、もゆ。-as the Night’s, Reincarnation』。
もちろん安っぽくはなく、むしろ類稀なる重厚な作品です。
各種受賞歴は、萌えゲーアワード2019シナリオ賞金賞、Gethu.com美少女ゲーム大賞2019総合部門2位&シナリオ部門1位、2019年5chベストエロゲ投票1位、という感じで非常にシナリオが評価されています。
制作ブランドはFAVORITE(フェイバリット)。独特の世界観で人気となった『いろとりどりのセカイ』シリーズのスタッフが集結して制作され、なかでもシナリオライターである漆原雪人さんの代表作としても知られています。
物語は10年前に人知れず世界を救った主人公と3人の”魔法少女”を中心として、選ばれた子供しか入ることができない”夜の国”を主な舞台に繰り広げられるファンタジックストーリー。
魔法少女は出てきますがいわゆるバトルものではなく、”夢”や”願い”をテーマにしたかなり重めのシナリオゲーです。
この作品の特徴はプレイ時間が軽く50時間を超えるボリュームと、キャラの想いが複雑に絡み合う非常に難解なストーリー。
漫然とプレイしていると頭が混乱して話についていけなくなると思うので、できればメモを取りながらプレイしたほうがいいかもしれません。
ボリューム的にも物語の内容的にも気軽にプレイできる作品ではないですが、プレイヤーによっては人生最高傑作に推す人も少なくない名作。
たっぷり時間を取ってじっくり腰を据えてプレイするようにしてください。
- 魔法の存在するメルヘンチックな世界観
- 複雑で難解なシナリオ構成
- 過酷な運命を背負ったヒロイン
購入ガイド
タイトル | 対応OS | 発売日 | 入手難度 |
---|---|---|---|
『さくら、もゆ。-as the Night’s,Reincarnation-』 | 7 8 10 | 2019.1.31 | 易 |
『さくら、もゆ。-as the Night’s,Reincarnation-』 | Switch PS4 | 2023.2.22 | 易 |
パッケージ版は1種類のみ。特典としてイメージミニアルバムCDが付属しますが、収録されているボーカル曲は最初のOP曲のみです。
各種CS版は追加要素こそありませんが、解像度がフルHDに対応しています。
今から買うならSwitch版かPS4版を推奨。正直なところこの作品はHシーンが薄い上にシナリオ上の意味もあんまりないのでCS版で十分です。値段もちょっと安いですし。
家庭用ゲーム機を持っていない場合はPC版で。パッケージ版は新品・中古共に潤沢だと思いますが、名作ゆえの宿命かあんまり安くはなっていません。DL版もめったに割引セールの対象にならないので、やや割高感がありますね。
パッケージ版は毎年10月くらいになると、「さくら、もゆ。はじめよう!キャンペーン」と称して一部の店舗(主にAmazonとげっちゅ屋、ソフマップ)で新品購入者にA4アートシートを配布しています。
システム
システムは画面下にメッセージウインドウが表示されるADVゲームタイプ。画面サイズは1280×720のHD。
必要十分な機能はそろっています。「次の選択肢まで進む」的な機能はないですが、選択肢が1ヶ所しかないので必要ないでしょう。
キーボード操作は主にファンクションキーが割り当てられています。
イベント絵が表示されているシーンでは右クリックでCGの拡大縮小をすることができます。
このモードになると右クリックと左クリックで拡大縮小を操作するんですが、最初このモードになったときはどうやって解除させるのかわからなくて焦りました。
オートモードを解除するのに、もう一度オートモードのボタンをクリックしなければならないのはちょっと手間ですね。こういう仕様は他のゲームでもありますが、普通に右クリックで解除にしてほしかったです。
オールクリア前のアルバムモードには「????」という思わせぶりの隠し要素がありますが、ただの立ち絵鑑賞モードです。これ隠す必要ある?
シナリオ
シナリオライターはFAVORITEで『いろとりどりのセカイ』シリーズも執筆した漆原雪人さん。
物語は10年前に人知れず人類のために戦って勝利した魔法少女たちが、魔法も使えなくなりごく普通の少女として生活していたところ、そのうちの一人が再び「魔法少女に戻してほしい」と頼みに来るところから始まるファンタジーストーリー。
猫が人間の姿に変身したり、想像したことが魔法として力になる”夜の国”が存在する、メルヘンチックな世界観です。
シナリオは共通ルートの後にヒロイン別の個別ルートに分岐するというオーソドックスな形。
ただ個別ルートがかなり長く、それぞれのルートが大まかに前半と後半に分かれています。ヒロインメインの話は主に後半で、前半は別のキャラがメインになるというちょっと変わった構成です。(千和ルートのみ前半がヒロインメイン)
ストーリー自体は繋がっているので違和感はありません。前半部分は後半のための序章だと思ってください。
「漆原さんの文章はクセがある」と評されることも多いですが、文体自体はそれほど個性的ではないと思います。だた文章全体で見ると、同じような展開を何度も繰り返し描写することが多いのでちょっとクドく感じてしまうかもしれません。
また「過去に起こったことを主人公は知っているのにプレイヤーは知らない」という状態が長く続くので、やや感情移入がしにくい面もありますね。
漆原さん独特の表現として、「漢字の上に漢字のルビをふる」ということが良くあります。
芸術 物語 不安 奇跡 想像 代償 などなど。
言葉に深みは出ますが、最初はちょっと読みにくいところがあるかも。キャラの台詞のときはルビのほうが読まれます。
グラフィック
メインの原画家は司田カズヒロさんと”なつめえり”さん。SD原画にミズタマさん。
通常のイベント絵は116枚、それ以外にSD絵が12枚。
やや幼さを残す、可愛らしい感じのキャラデザです。
塗りは淡い配色ですが、色自体は桜のピンク色を中心に非常に色鮮やか。明るいシーンと暗いシーン差が大きいので、明るいシーンがより明るく見えます。
背景の描写も特徴的。
特に建物などの人工物は、実写の画像をノスタルジックな感じに加工したようなリアル調の絵が使われています。写真そのままではないと思いますが、この辺が逆にメルヘンチックな雰囲気を醸し出してますね。
背景に描かれる人物は手書きのラフっぽいモノトーンの絵柄。キャラの立ち絵とは雰囲気を明確に区別することで、よりキャラクターが引き立っています。
またこの作品はタイトルロゴも毛筆な感じで非常にエモい。
ロゴ制作は木緒なちさん。この方の本業はシナリオライターなんですが、結構有名なアニメやゲームのロゴ(『ごちうさ』や『グリザイアの果実』など)もたくさん制作してるんですよね。
キャラクター
クロ
幼いころから主人公と一緒にいた家族であり相棒。人語を話す黒猫が人型になった姿。
主人公以外とはまともに話すことのできない極端な人見知り。
柊 ハル
主人公のクラスにやってきた転校生の少女。10年前に魔法少女だった女の子の一人。
どうしてもかなえたい夢のためにもう一度魔法少女に戻りたいと願う。
杏藤 千和
元魔法少女で主人公より一つ年下の後輩。現在は街の古いカフェで働く看板娘。
いつも主人公に意地悪されているが、主人公のことが大好きな後輩少女。
夜月 姫織(ひおり)
街の神社で巫女をしている元魔法少女の同級生。
超が付くほどの食いしん坊でいつもおなかをすかせている。
奏大雅
本作主人公で、10年前に魔法少女たちと一緒に”夜の王”と戦った少年。
この他の主要キャラは大雅の親友智仁、智仁の姉・あず咲、”夜の国”の住人である陽向井あさひと冬月十夜の姉妹、夜の国の汽車の車掌であり神様っぽい精霊ナナなど。物語のボリュームのわりに、登場人物はそんなに多くないですね。
その代わり、すべてのキャラクターが物語に密接に関わってきます。
ボイス
夏和小(クロ) | 南るお(ハル) | 猫村ゆき(千和) | 要しおり(姫織) |
双葉まりか | 桃山いおん | 白雪碧 | 花宮すずね |
富士爆発 | ほうでん亭センマイ |
主人公以外フルボイス。名義はPC版とCS版で共通です。
メインヒロインともいえるクロを演じるのは人気と実力を兼ね備えた夏和小(かなこ)さん。小動物っぽいどこか怯えたような声は正にハマり役と言えましょう。
千和役の猫村ゆきさんは2015年以降メインヒロインを演じることが増えてきた実力派。
ハル役の南るおさんは使い捨ての名義、要しおりさんはフリーの声優さんっぽいですが演技に問題はありません。多少クセのある声ですがすぐ慣れると思います。
男性声優の富士爆発さんとほうでん亭センマイさんは、一声聴いただけでアニメファンなら判別できてしまうであろう有名なお声の持ち主。
派手な声で有名な富士爆発さんは今回はかなり落ち着いた役柄。センマイさんはエロゲ出演はあまり多くないのですが、個性が強すぎて凄く印象に残りますね。
BGM
BGM作曲はFAVORITE作品の音楽を一手に引き受ける、フリーの作曲家・忍さん。
サウンドモードで聴ける曲はボーカル曲を除くと64曲。曲数は多いですが、シナリオが長いので何度も繰り返し聴く曲も多いですね。
何故かあまり言及されることがないのですが、何気にBGMのクオリティは非常に高いと思います。
個人的お気に入りは非常にまったりとした日常曲『桜月夜』。アコギと木管(オーボエ?)の旋律に癒されます。
3拍子のリズムを刻む『満月の夜会』は、まるで絵本の世界にいるようなメルヘンチックな曲です。
過酷な運命を背負うような『失われた刻をもとめて』は思わず「どうしてこうなった…」と嘆きたくなる悲壮感のある曲。
『遥か彼方/Re:frain』はこの作品では数少ない燃える曲。運命に抗うことを決意したキャラクターたちの思いが伝わってくるようです。
コーラスが印象的な『Reincarnation Ⅲ』は悲しげでありながらどこか神聖な曲。使われるシーンも多いので耳に残りますね。
主題歌
タイトル | 作詞 | 作・編曲 | 歌 | 備考 |
---|---|---|---|---|
「さくら、Reincarnation」 | 山本美禰子 | 小高光太郎 石倉誉之 | 佐咲紗花 | OP |
「輪廻」 | 山本美禰子 | 小高光太郎 石倉誉之 | 山本美禰子 | OP |
「終わらない物語」 | 山本美禰子 | 菊地創 | 鈴湯 | ED |
「花あかりの時」 | riya | 菊地創 | eufonius | ED |
「さくら、もゆ。」 | 漆原雪人 | 菊地創 | 夏和小 | 挿入歌 |
OP曲『さくら、Reincarnation』を歌うのは佐咲紗花さん。非常に前向きでスピード感のある曲ですね。
歌詞も物語に沿っていて、オールクリアした後に改めて歌詞を読むと泣けてきます。
この曲はパッケ版の特典にあるイメージCDでフルバージョンを聴くことが可能。
2ndOP曲『輪廻』はファンの人気も高い名曲。スピード感だけでなく力強さも感じる曲です。
歌っている山本美禰子さんはエロゲだけでなく「アトリエ」シリーズ等のボーカル曲も担当するシンガーソングライター。FAVORITE作品では『星空のメモリア』や『アストラエアの白き永遠 』でもボーカル曲を担当しています。
挿入歌『さくら、もゆ。』を歌うのはクロ役の夏和小さん。正直エロゲ声優さんの歌う曲って拙いことも多いんですが、この曲は全くそんなことないですね。むしろ素朴な感じの夏和小さんの声が曲にぴったりです。
ただすごくいい曲なのに作中で使われるシーンが非常に長いので、フルバージョンの曲が何度もループするんですよね。BGMならともかく、同じボーカル曲が繰り返されるとシナリオのテンポが悪く感じてしまうかも。
全てのボーカル曲は別売りの『さくら、もゆ。ミュージックコレクション』に収録されています。安くはない値段ですがサントラとボーカルCDがセットになったものと考えればまぁ妥当…かな?
ムービー
長めのプロローグの後にOPムービーが流れます。
ムービー制作はKIZAWA Studio。
作中のイベント絵をちょっとだけ加工して動きのある絵にしています。
冒頭のイントロ部分にはヒロインを登場させず、鍵やチョコレート、携帯電話といった物語のキーとなるアイテムを登場させる演出。これから始まる不思議な物語をイメージさせます。
ムービー全編で桜の花びらが舞っているのもこの作品らしいですね。
攻略
シナリオ中1回だけ存在する選択肢でストーリーが分岐します。
選択肢が出てきたときのセーブファイルは残しておきましょう。
推奨攻略順は千和→姫織→ハル→クロ。
といってもルートは半固定で、初回プレイでは千和か姫織ルートしか分岐することができません。
どちらを先に攻略するかは意見が分かれますが、個人的には千和を先に攻略することを推奨。というのも姫織ルートでは千和ルートにおける重要人物の来歴が明かされるんですよね。
選択肢の場面では結局すべての選択肢を選ぶことになりますが、選ぶ順番でその後のルートが分岐します。千和ルートは一番上、姫織ルートは二番目の選択肢を最初に選べばOKです。
2人のルートをクリアするとハルルートが解放。一番下の選択肢を最初に選んでください。
ハルルートクリア後にタイトル画面でNEW GAMEを選ぶとクロルートが開始されます。
総プレイ時間はゆっくりやって50~60時間。正直かなりの大ボリュームです。
初回の1ルートプレイするだけで、ちょっとしたエロゲ1本分のボリュームがあるかも。
Hシーン
Hシーンは各ヒロイン2回ずつ。
尺はシナリオゲーとしては普通。1回のシーンで2枚ずつCGが使われます。
行為は全員に口でするシーンがある以外は比較的オーソドックスなもの。
正直言って抜き目的ではあまり使えないかと。
特徴としてはセリフはもちろん地の文でも卑語が出てきません。性器の名前も出さず、”先端”とか”中”みたいなボヤっとした表現で描写されます。
”膣中”とか言わないエロゲー久しぶり(笑
感想
正に「大作」と呼ぶにふさわしい作品でした。これだけ長大なシナリオは昨今なかなかないのではないでしょうか。
シナリオのボリュームだけでなく内容も非常に濃いので、読み終えた後は心地よい疲労感を味わえます。
始めのうちは過去のことがほとんど語られないのでやきもきするかもしれませんが、あまり気にせず進めたほうがいいですね。
むしろ話を進めていくと、パズルのピースが嵌るようにキャラクターや世界の謎が少しずつ判明していくので読みごたえがあります。
・難解なストーリー
ストーリーは良くも悪くも非常に難解。話の筋がかなり込み入っているうえに、時系列も前後するので、かなりわかりにくい構成になっています。
しかもキャラクターのことを「あの人」とか「君」みたいに名前をぼかすことが多いので、今誰のことを言っているのかわからず混乱することもあります。もちろんわざとやっていて、後からわかるようにしてるんですけど。
多分これ1回のプレイですべて理解できた人いないんじゃないでしょうか。
ただそのぶんプレイ後の考察サイト巡りや2週目のプレイが楽しい作品です。
ちなみにですがクロルート後半では、とあるキャラの名前が重複して混乱に拍車をかけています。キャラの名前がフルネームのときとファーストネームのみのときに分けているのは意味がるので、注意して読んでください。
・独特な世界観
世界観にはオリジナリティがありますが、ストーリー自体にはそこまで新規性はないので、物語の長さも相まって退屈に思えてしまう人もあるかもしれません。結末は予想できるのにそこへ至るまでが長いんですよね。
そのぶんそれぞれのキャラクターの心情は念入りに描いているので、キャラクターの想いに寄り添うように読んでいくと感動もしやすいと思います。
特にハルルート及びクロルート後半は良い意味で休みなく、次々と感動的なシーンが繰り返されます。
物語後半はSF的な要素もありますが、正直結構粗のある設定なのであまり細かいツッコミはせず、なんとなく雰囲気で楽しんだほうがいいかもしれません。
・キャラクターとの絆
この作品において重要なのが、各キャラクターとの特別な絆。
物語全体が登場キャラクターそれぞれの想いや願いが絡み合って紡がれていきます。
特に印象的だったのが主人公・大雅とクロの関係。
血のつながりこそないものの、家族のような、というより家族以上の絆を感じます。
エロゲ界隈で家族をテーマにした作品は昔からよくありましたが(『加奈』しかり『AIR』しかり『家族計画』しかり)、ここまで強い絆を感じる作品もあまりないんじゃないかと。
人間ってどんなに辛かったとしても、どんな選択をしたとしても、変わらず全肯定して見守ってくれる人がいるだけで頑張れるんですよね。家族だったり恋人だったり親友だったり。
全編を通して非常に重いテーマや過酷な運命を扱っているためやや人を選びますが、そのぶんハマる人の多い作品です。
動きのある派手な展開は少ないですが、キャラクターの悲愴な決意や健気な想いを想像すると思わず涙がこぼれます。
プレイヤーによっては「全エロゲの中で最高傑作」に推す人が多いのもうなずけます。
一般的な美少女ゲームとは一線を画した物語なので合う合わないはあるかもしれませんが、重厚な感動作品を求めている人のはうってつけの作品かと。