美少女ゲームの世界には最終的にヒロインが死んでしまったり記憶を失ってしまったりする後味の悪い作品も結構あるんですが、日本に古来からあるおとぎ話も結構エグイ物語があったりしますよね。
いじめられてた亀を助けたらキャバクラみたいなとこに連れていかれて、帰ってきたら数百年たってた上に老人の姿にさせられるとか、美少女ゲームに負けず劣らずヒドい話です。
今回紹介するのはそんな「おとぎ話」を題材にした全年齢向け作品『徒花異譚(あだばな いたん)』。最初「トカイタン」とか読んでてすいません。
”徒花”というのは、桜のように咲いても実をつけない花のこと。転じて「見せかけだけで実(じつ)を伴わないないもの」という意味でも使われます。
物語は記憶をなくした少女・白姫が黒い筆を使って戦う少年・黒筆と共に、虫に食われた絵草子(絵本)の世界に入り込み、おとぎ話を修復していくという、かなりファンシーな世界観。
制作はライアーソフト、販売はANIPLEX.EXEで、ブランド第1弾として『ATRI -My Dear Moments-』と同日に発売された作品です。
まず目を引くのがイラストレーター・大石竜子さんによる独特で美麗な原画。
大石さんはライアーソフトでたくさんの作品で原画を手掛けていますが、どこかアナログチックで非常に幻想的な雰囲気を醸し出しています。いい意味で美少女ゲームっぽくなく、一度見たら忘れられない画風ですね。
物語も幻想的で、短いながら読み応えのある内容。
主人公が少女なので女性プレイヤーでも読みやすいと思います。といっても乙女ゲーというわけではない(と思う)ので男性プレイヤーでも十分楽しめるかと。
- おとぎ話をテーマにしたメルヘンチックな世界観
- 大石竜子さんによる幻想的なCG
- 記憶をなくした少女を中心としたガールミーツボーイ物語
ブランド | ANIPLEX.EXE |
ジャンル | ノベルゲーム |
初回発売日 | 2020.6.19 |
DL版価格 | 1,870円 |
シナリオ | 海原望 |
原画 | 大石竜子 |
おすすめ度 | 80 |
シナリオ傾向 |
購入ガイド
タイトル | 対応OS | 発売日 | 入手難度 |
---|---|---|---|
徒花異譚 | 8 10 | 2020.6.19 | ー |
基本的にこの作品はPC版・CS版共にダウンロード販売オンリーです。『ATRI』と同じようにサントラCDの初回特典として本編を収録したDVDが付属しますが、やや入手困難かも。
この他にiOS版とAndroid版もそれぞれのアプリストアで配信されています。
PC版はDMM・DLsite・Steamの各種プラットフォームで配信されています。DMMでは全年齢サイトでしか扱っていないので注意してください。
定価も安いですが、たまにやっているセールでは30~50%くらい割引されることも。
Steamだと同ブランドの『ATRI』や『ヒラヒラヒヒル』がセットになってちょっと安くなったバンドル版も購入可能です。
システム
システムはシルキーズプラスのものを使っています。通常のADVタイプで画面サイズは1280x720。
シナリオジャンプ機能や”次の選択肢に進む”機能など、基本的なシステムはそろっています。
テキストは日本語以外にも英語と中国語に対応。DMM版はブラウザプレイも可能です。
ただセーブ時にテキストログが保存されないのは、今どきのゲームとしては残念ですね。
タイトルに戻るだけならログは保存されますが、一旦終了してしまうとクリアされます。
私の環境(Windows10)だとダウンロードファイルを解凍後、なぜか実行ファイルをダブルクリックしても起動することができなかったので焦りました。
古いWindows7でなら起動できたので事なきを得ましたが、なんでだったんだろう? 軽くググっても同様の症状はほとんど見当たらなかったので、私固有の問題かもしれません。
推奨外ということもあってか、Win7でプレイ中もオートモードやスキップモードにすると必ず強制終了してしまうので難儀しました。2020年以降の作品になるともう古いPCでプレイするは難しいですね。
シナリオ
シナリオライターはライアーソフトの海原望さん。
海原さんといえば過去に『フェアリーテイル・レクイエム』という童話を題材にしたメルヘンチックな作品を書かれていましたが、今作はその日本版という感じでしょうか。
物語は白い着物を着た少女・白姫が暗い森の中で目覚めた後、謎の化け物襲われているところを筆と墨を使って戦う少年・黒筆に助けられたところから始まるガールミーツボーイもの。
その後2人は「花咲かじいさん」や「浦島太郎」といった”おとぎ話”の本(絵草子)の世界に入り込み、本に巣食う”紙魚(シミ)”を駆除しながら虫食い状態の”おとぎ話”を修復していく、というストーリー。
主人公の白姫は記憶を失っているのでおとぎ話の内容は知りません。また本の世界の中では、特定の”案内役”となるキャラクター以外は白姫たちの存在に気付かないという設定です。
作中では絵草子の中の世界と、白姫たちが本来いる”徒花郷”の世界、そして白姫の回想シーンが頻繁に入れ替わりますが、特に混乱することはありません。
テキストもギャグシーンやイチャラブシーンのない、極めてシックで真面目な作風です。
そのぶんやや硬い表現が多めで、かなり小説に近い雰囲気。情景や心理描写も叙情的なので大人向けのビジュアルノベルという感じ。
↑本編はだいたいこういう感じの文章です。
グラフィック
イベントCGは全部で30枚。短編ということもあってかなり少なめ。
原画&キャラクターデザインは大石竜子さん。
サンプルCGをみればわかると思いますが、とても独特のタッチで描かれる方です。
どこかアナログチックな雰囲気なので、「絵草子の中の世界」という特殊な世界観にぴったりハマっています。
彩色も非常に鮮やか。特に白姫と黒筆はモノトーン調の色合いで描かれるため、鮮やかなシーンが余計に引き立ちますね。
デザイン自体はやや少女マンガ風味。
あまり美少女ゲームっぽくはないですが、むしろこの作品はこのデザインだからこそ成り立っているとも言えるかも。
キャラクター
白姫
真っ白の着物に身を包んだ少女。目覚めたときは記憶を失っていて自分の名前も思い出せなかった。
心優しい少女で、絵草子に強く感情移入し登場人物の声に耳を傾ける。
黒筆
真っ黒の着物に身を包んだ少年。白姫を守り、物語を修復するため筆と墨を使って戦う。
常に落ち着いた性格で、白姫の意見を尊重する。
主要な人物はこの2人だけ。
この他に各絵草子の中から”案内人”となるキャラクター(「花咲かじいさん」のおじいさんなど)が登場し、白姫たちと会話することができます。
あんまり萌えとかかわいい系のキャラではないですが、それぞれ個性的。
ちなみに案内人となるキャラは自分が”絵草子の登場人物”であることを自覚しています。そのうえでそれぞれのキャラがどういう行動をとっていくかというのもこの物語の見どころの一つ。
あと人物ではないですが、絵草子に巣食う”紙魚(シミ)”が小動物っぽくて微妙にカワイイです。ぴいぴい。
ボイス
南早紀(白姫) | 加藤渉(黒筆) | ||
桑原由気 | 高森奈津美 | 石谷春貴 | 玉井勇輝 |
主人公を含め、全キャラフルボイス。全年齢版なのでキャストも一般声優さんです。
ただすみません、高森奈津美さん以外は知らない人ばかりでした。
後で調べてみたら石谷春貴さんは『響け!ユーフォニアム』で秀一役をやられてた方だったんですね。
高森奈津美さんは美少女ゲームファンならおなじみの声。元気で小生意気なキャラは高森さんの真骨頂です。
BGM
BGMの作曲はさっぽろももこさんと松本慎一郎さん。
ミュージックモードで聴ける曲は全部で15曲。曲数こそ少ないものの、印象的な曲が多いですね。
個人的お気に入り曲は表題曲でもある「徒花異譚」。和風で力強い曲調は白姫たちの困難な道のりを表している感じ。
戦闘シーンで流れる「斬罪の筆」は三味線の音が特徴的な熱い曲。途中で転調してからが本番です。
「山紫水明」は絵草子が完成した後の幸せなエピローグといった感じの曲。非常にリラックスできます。
主題歌
タイトル | 作詞 | 作曲 | 編曲 | 歌 |
---|---|---|---|---|
「徒花夢現」 | Rita | 内山利彦(Blueberry & Yogurt) | 木村孝明 | Rita |
Ritaさんの歌う主題歌「徒花夢現」はしっとりとした歌い出しから力強いサビに向かっていく良曲。「徒花夢現」というタイトルがこの作品の根源を表している感じ。
この曲はオープニングだけでなくエンディングでも使われます。
ムービー
短めのプロローグの後、OPムービーが流れます。
ムービー制作はKIZAWAstudio。
物語に合わせて全体的に和風な構成になっていて、テロップも毛筆のフォントが使われています。
ページをめくるような場面転換の演出がこの作品らしいですね。
各エピソード後半のCGも使われているのであんまり注目して見ないほうがいいかも。
攻略
各絵草子の物語中に2回ずつ出てくる選択肢によって絵草子の修復が”完成”し、物語が分岐します。
ただ選択の結果が想像しにくいので初見ではやや難しいかも。選択肢の数は少ないのでトライアンドエラーですべてのパターンを試していけば完成にたどり着けるかと。
絵草子が完成しなくてもストーリーは進みますが、中途半端に完成させているとBADエンドにしかなりません。
物語最後の選択肢で3つの絵草子がすべて完成していると”現(うつつ)エンド”へ、全て完成させずにいると”夢エンド”へ分岐します。
推奨攻略順は”夢”→”現”。つまり最初は「絵草子を完成させないように」物語を進めてください。これはこれで難しいんですが。
総プレイ時間はゆっくりやって8~10時間くらい。
『ATRI』よりもさらに短いですが、値段も安いですしこんなもんでしょう。
感想
優しいガールミーツボーイ
テーマとなっているおとぎ話(絵草子)を上手く物語にからめた、非常に幻想的な作品でした。
大石竜子さんの独特な絵のタッチもとても物語にマッチしていて没入感を高めています。この絵だからこそのこの作品、という感じですね。
恋愛描写こそ少ないですが、白姫と黒筆の強い絆を感じる物語です。2人の想いが通じる瞬間は強く心を震えさせられました。
作中には”倒すべき敵”みたいな存在はいますが、登場キャラの中に純粋な悪役はいないので非常に優しいストーリーになっています。
燃えゲーというわけではないのでラストはやや盛り上がりに欠ける面があるものの、十分ハッピーエンドと言える物語でした。
構成の妙
ベテランライターの海原望さんらしく、物語が非常に上手く構成されています。
話のテンポが良くコンパクトにまとまっているのはロープライス作品ならではですね。
「おとぎ話の世界を渡り歩く」というファンシーで不思議な世界観ですが、読み進めるうちに少しずつ世界の謎が判明していきます。
この種の作品ってある地点で一気に謎が解明されるパターンと、ヒントを小出しにしていってプレイヤーに想像させた後で「答え合わせ」をするパターンに分かれると思うんですが、この作品は後者。
物語中にたびたび回想シーンをはさむことにより、おとぎ話の世界と白姫の過去とのつながりをだんだんと意識させる内容になっています。この構成の妙はさすが海原さんです。
後から考えると、おとぎ話の世界における季節がちゃんと”春夏秋冬”の順番になっているのも意味があったんですね。
物語の世界に没入するということ
この作品では白姫たちがおとぎ話という”物語の世界”に入り込むストーリーですが、これってある意味普段物語を楽しんでいる我々にも通じる話かもしれません。
よく異世界転生や追放系の”なろう小説”にハマっている大人を揶揄する人もいますが、別に何も恥ずかしいことではないですよね。我々だって現実にはない美少女ゲームの世界にハマっていますし、映画やドラマが好きな人だって根本は同じでしょう。
この作品中でも「夢を選ぶか現実を選ぶか」みたいな展開がありますが、決して夢やフィクションを否定しているわけではなく、そういう夢があるからこそ辛い現実も乗り越えられるんだというメッセージを感じます。
そういった物語を生み出しているクリエイターさんも思いは同じでしょう。
今回改めて思いましたが、やっぱり物語を生み出すというのは偉大な行為ですね。人々を楽しませたりするだけでなく、ときには命まで救ってしまうわけですから。実際「この作品に救われた」という人も現実にいるわけですし。
そんな「物語を紡ぐ」ことのすばらしさを考えさせられるお話でした。