世にスポコン作品は数あれど、またひとつスポーツものの名作が生まれました。
というわけで今回紹介するのは美少女ゲーム、ではなく先日まで放送されていたTVアニメ『メダリスト』。
物語は愛知県名古屋市に住むスケートが大好きな少女・結束いのりと、コーチの明浦路司が2人でフィギュアスケートのトップスケーターを目指すところから始まるスポーツもの。
女子小学生が主人公でありながらエロやロリ要素のない健全な作品です(笑
いのりは小学五年生という本格的にスケートを始めるには少々遅い年齢ながら、持ち前の努力と才能でメキメキと頭角を現しライバルとしのぎを削っていく、いい意味で王道的なストーリー。
むしろ王道的だからこそ感動できる作品かと。『SLAM DUNK』や『メジャー』といったスポーツアニメ、エロゲだと『蒼の彼方のフォーリズム』あたりが好きな人には刺さるのではないでしょうか。
作中ではジャンプやスピンなどフィギュアスケートの専門用語も頻繁に出てきますが、知らなくても大丈夫。私など未だにアクセル以外のジャンプの区別は全くつきませんが、問題なく楽しめました。むしろこの作品をきっかけにしてフィギュア関係の動画を見るようになったくらい、フィギュアスケート入門としてもおすすめの作品です。
原作は”つるまいかだ”さんの漫画(月刊アフタヌーン連載)。この作品がつるまさんのデビュー作になるのですが、新人さんとは思えない繊細かつダイナミックな筆致が特徴的。各所で絶賛され、「次にくるマンガ大賞 2022」では堂々の1位、2024年には第48回講談社漫画賞(総合部門)を受賞した名作です。3巻くらいまでちょくちょく無料公開されることもあるので、ぜひ原作も読みましょう。
ちなみに初期のタイトル案は『氷焔の獣』だったらしいんですが編集長に却下されたそうです。編集長ナイス(笑
アニメの制作は『宇崎ちゃんは遊びたい!』や『探偵はもう、死んでいる。』を手掛けたENGI。社名からしてこの作品にベストマッチですね。
監督は『ネコぱら』や『僕らの雨いろプロトコル』などでも監督を務めた山本靖貴さん。
フィギュアの演技のシーンでは3DCGを使って描かれ、アニメならではの構図や演出で視聴者を魅了するため、映像作品としても見どころの多いアニメです。

シナリオ

シリーズ構成は『ラブライブ』や『響け!ユーフォニアム』など数々の名作アニメを手掛けた花田十輝さん。安心してください、今回の花田先生は大当たりです(笑
原作からも微妙に物語を再構成しているので、展開が非常にスムーズかつ分かりやすくなっています。
物語は何の取り柄も無く引っ込み思案だった小学五年生の少女・結束いのりが、名古屋で新しくコーチの職を得た明浦路司にフィギュアの才能を見出され、”2人で”オリンピックのメダリストを目指していきます。
そう、この作品の主人公はいのりと司の2人なんですね。もちろん実際に選手となるのはいのりなんですが、司もちゃんと主人公しるんですよね。
いのりは自己肯定感が極めて低く、5歳くらいから競技を始めるのが当たり前のフィギュアの世界では年齢的にも厳しい状態。それに対し司もフィギュアを始めたのが中学生の頃と遅すぎたため、やむを得ずアイスダンスに転向し血のにじむような努力で日本選手権出場を成し遂げた苦労人。同じような境遇だからこそ同じ目線で競技に打ち込むことができるわけですね。
作中ではフィギュアスケートの競技としての話だけではなく、練習環境や昇級テスト(バッジテスト)の仕組みなども解説されます。フィギュアにも柔道の昇段試験みたいなのがあるんですね。私この作品で初めて知りました。
グラフィック

キャラクターデザインは亀山千夏さん。
原作の可愛さや凛々しさを尊重したキャラデザです。演技中の姿がカッコイイのはもちろん、コメディシーンのデフォルメ調の絵も面白くてメリハリがあります。
この作品は名古屋を舞台にしているので、名古屋市内の大須スケートリンクや大須観音、港区の邦和みなとスポーツ&カルチャー等が描かれます。特に大須は名古屋のオタク民にとってお馴染みの街なので実家のような安心感がありますね。
そして注目はやはりフィギュアの演技のシーン。
ほとんどのシーンは3DCGで描かれますが全く違和感がなく、非常に滑らかに動くのでそれだけで感動します。
演技の振り付けは世界選手権やオリンピックでも活躍したプロスケーターの鈴木明子さん。CGの動きも実際に鈴木さんの演技をモーションキャプチャーして取り込んだものだそうです。
この演技が実にリアルでダイナミック。
一般的なフィギュアスケート中継の場合はどうしても遠方からズームした映像になってしまうんですが、このアニメでは足下から仰ぎ見たりドローンで追跡するかのような構図になっていたりとアニメーションならではの演出になっています。
加えて靴のブレードが氷を削る音や衣装のわずかな衣擦れの音など、まるで選手のすぐそばで見ているような臨場感のあるサウンドを体験できます。
その集大成が5話で流れた、いのりの最大のライバル・狼嵜光による圧巻の演技。
フィギュア中継でよくあるジャンプ等の解説をあえて入れず、観客の歓声と拍手、そして音楽と効果音のみで光の技術力や演技力が飛びぬけていることを描いた見事なシーンです。
私のようなフィギュアど素人でも「なんかすごい演技を見た!」と鳥肌が立ちました。
演技自体の構成もこのクラス(ノービスB)ではあり得ないくらい高難度のもので、プロスケーターの方も仰天するほど。解説されて改めて光の凄さを実感します。
冒頭のトリプルルッツ+トリプルループのコンビネーションはシニアでもほぼ無理(跳べる現役選手は世界に1~2人だけ)だそうです。
こういう知識があると今後フィギュアの試合を見るときに面白さが増しそう。
とりあえずジャンプの難しさは
トウループ < サルコウ < ループ < フリップ < ルッツ << アクセル
と覚えればいいんですね。
キャラクター

結束 いのり
主人公でありフィギュアスケーターとなる小学5年生の少女。
引っ込み思案で内向的だった性格が、フィギュアと司に出会ったことで自分の居場所を見つけ、どんどん前向きになっていく。
明浦路 司
いのりの専属コーチとなる26歳の青年でもう一人の主人公。前向きで熱血漢な体育会系。
中学からフィギュアを始めるが、始めた時期が遅すぎたためシングルを断念。20歳でアイスダンスに転向し全日本選手権に出場した経験を持つ。
狼嵜 光
いのりと同い年のフィギュアスケーターで最大のライバル。全日本選手権ノービスB(9歳~10歳)優勝者。
孤児でありながら類稀なる才能を持ち、圧倒的な演技と技術で観客を魅了する。普段の性格は明るくて素直。
夜鷹 純
司がかつて憧れたフィギュアスケーターで元オリンピック金メダリスト。表には出ないが光の専属コーチを務める。
口数が少なく、ときに冷酷な物言いもするが、どこか抜けたところもある天才肌の性格。
鴗鳥 理凰
12歳の男子フィギュア選手。いのりたちに対しては攻撃的でバカにした言動を振舞う。
同居している光とは仲が良いが、その才能の差にコンプレックスを抱く。
鴗鳥 慎一郎
理凰の父で名港ウィンドFSCヘッドコーチ。現役時代は夜鷹純のライバルでオリンピック銀メダリスト。
非情に礼儀正しい性格だが、息子の扱いに困っている面も。
三家田 涼佳
小学3年生の女子フィギュアスケーター。あだ名はミケ。猫が大好きで髪型もネコミミ。
口が悪く大人を信用していないが、ジャンプの技術は非常に高い。
那智 鞠緒
ミケのコーチを務めるが、性格に難があるため生徒は1人だけ。巨乳の31歳。
現役時代はジャンプの高さと技術に定評があり、練習では4回転を成功させたこともある。
大和 絵馬
京都のフィギュア選手で、年齢はいのりより一つ下の4年生。バッジテストのために名古屋にやってくる。
物静かでマイペースな性格。練習のし過ぎによるケガと成長痛のため実力を発揮できずにいる。
蛇崩 遊大
京都の名門・蓮華茶FSCのコーチで28歳。伸び悩む絵馬を献身的に指導する。
気さくで明るい性格で、初めて会った司ともフランクに付き合い、無茶な頼み事も引き受ける。
これ以外にもいのりの母親や姉、司が世話になっている加護親子などたくさんのキャラが登場します。
人間関係を見ても、いのりのライバルは同世代の三家田涼佳や大和絵馬、そして圧倒的な実力と実績を持つ天才少女・狼嵜光が登場。
それに対して司にも同じコーチである那智鞠緒や蛇崩遊大はライバル兼コーチ仲間として、そして光のコーチでありオリンピック金メダリストの夜鷹純は巨大な壁として立ちはだかります。
こうした選手とコーチの重層的な物語もこの作品の見どころのひとつ。
ちなみにミケは三河弁で喋りますが、いのりは普通に標準語です。
まぁ名古屋弁のキャラはあんまり可愛く聞こえんもんでね。名古屋弁キャラはニコちゃん大王と八十亀ちゃんだけで十分だて。コテコテの名古屋弁はみんな市長に聞こえてまうでいかんわ。
ボイス
春瀬なつみ(いのり) | 大塚剛央(司) | |||
加藤英美里 | 小清水亜美 | 市ノ瀬加那 | 内田雄馬 | 小市眞琴 |
坂泰斗 | 木野日菜 | 戸田めぐみ | 三宅貴大 | 小岩井ことり |
主人公のいのりを演じるのは『アイドルマスター シンデレラガールズ』で龍崎薫を演じた春瀬なつみさん。春瀬さんはフィギュアスケート観戦が趣味であることも知られています。
そのうえで原作のつるま先生が春瀬さんの熱狂的なファンで、「春瀬さんに主人公を演じてもらいたくてフィギュアスケートの漫画を描く」とTwitterで公言してホントに実現してしまったという漫画のようないきさつです。夢を表に出すって大事ですね。
司役の大塚剛央さんも押しも押されぬ実力者。最近だと『【推しの子】』のアクアや『薬屋のひとりごと』の壬氏様等でよく聴く声です。大塚さんは落ち着いたイケメンキャラのイメージが強いですが、今作では熱血体育会系キャラということで違った一面を味わえます。
京都のフィギュアスケーター役を演じている三宅貴大さん(蛇崩)、小岩井ことりさん(絵馬)、伊藤彩沙さん(すず)の3人は京都出身なので、全員京都弁がネイティブです。
あと関係ないですが那智先生役の戸田めぐみさんはエロゲファン的になんとなく応援したくなりますね。
主題歌
タイトル | 作詞・作曲 | 編曲 | 歌 | 備考 |
---|---|---|---|---|
「BOW AND ARROW」 | 米津玄師 | 米津玄師 | 米津玄師 | OP |
「アタシのドレス」 | りょたち | ねぐせ。 川口圭太 | ねぐせ。 | ED |
OP主題歌「BOW AND ARROW」を歌うのは米津玄師さん。米津さんらくオシャレで力強い印象の曲に仕上がっています。BOW(弓)とARROW(矢)というのは、まんま司といのりの関係ですね。
またイントロのリズムはフィギュアのステップシークエンスみたいで思わず手拍子を打ちたくなります。
米津さんはもともと『メダリスト』の大ファンで、アニメ化の話が持ち上がったときに米津さんの方から楽曲提供を打診したそうです。
そして曲のMVには誰もが知るあのビッグスケーターが登場。冒頭の部分ではあえて顔を映さず、視聴者に「え?誰これ?」と思わせておいてサビの部分で顔のアップになると、
羽生結弦じゃん!!!
…となる凄い構成。これ知らずに見た人は仰天したでしょうね。
演技の内容も作中でいのりが挑戦したフライングシットスピンからのブロークンレッグや、光が披露したビールマンスピンを入れてきたりと、非常に原作をリスペクトした振付けになっています。
なんでも羽生結弦さんはボカロP時代から米津玄師さんの大ファンだったため、それによってMV出演が実現したみたいです。
つまりこの作品って
春瀬なつみ(フィギュア大好き)←つるまいかだ(大ファンだから漫画描いた)←米津玄師(大ファンだから楽曲提供した)←羽生結弦(大ファンだからMV出た)
という凄い推しの連鎖ができています。こんなことってあるんですね。
ムービー
全てのエピソードにOPムービーが流れます。演出は栗原学さん。
もうこのOPアニメが素晴らしすぎる! 作品のテーマを凝縮したような構成です。
まず冒頭はいのりが出合うことになる選手とそれぞれのコーチが次々と現れ、フィギュアスケートというスポーツが選手とコーチの二人三脚で取り組むことを示唆。
タイトル提示の後は中学の頃の司がフィギュアに魅了されるものの、挫折を経験してしまった様子が映し出されます。
そこに重なる歌詞が「憧れはそのままで 夢から目覚めた先には夢」というのも司の心情そのままですね。
次はスケートと出会う前のいのりの生活。何の取り柄も無く常に下を向いていた様子が描かれます。
そしてうずくまっていたいのりを見つける司。夕日が沈むギリギリのタイミングで2人が出合い、まさに物語がここから始まったというシーンです。13話(1期最終回)を見てからこのシーンを見ると泣けてきますね。
そこからスケートを始めたいのりを”追いつけない速度で”一気に抜き去り、「ここまで来てみなよ」と言わんばかりの完璧なジャンプを見せつける光。カッコ良さと同時に圧倒的な実力差を感じます。
そしてスポーツものの定番、次々と現れるまだ見ぬ強敵たち。お約束ではあるけど盛り上がりますね。
感想

スポーツものとしてはいい意味で変に捻らない極めて王道的な物語なんですが、すごく心に刺さる作品でした。
小学生のいのりと社会人である司のW主人公であるというのも感情移入しやすくていいですね。私の年代だと親目線でいのりを応援したくなります。親になる予定はないけど…。
スポーツと年齢
作中で強調されるのがフィギュアを始める年齢について。
よく「何事も始めるのに遅すぎることはない」と言われますが、ことスポーツや芸術の分野においては話は別。特にフィギュアスケートの場合、オリンピックを目指すなら5歳くらいから始めるのが当たり前の世界です。(実際羽生結弦選手は4歳から、浅田真央選手は5歳からスケートを始めています)
そんな中、小5から本格的にフィギュアを始めたいのりは明らかに遅すぎる。いのり自身も自分よりはるかに年下の子が難しいジャンプを決めているのを見て焦りを感じます。
コーチである司もスケートを始めるのが遅かったため、いのりの焦りは自分事のように感じているはず。
でもだからこそ、キャリアのギャップを埋めるために必死に練習するいのりを、司だけでなく我々視聴者も応援したくなるわけですね。
いのりを見てると、「自分も何か始めようかな」という気持ちにさせてくれます。
「上手にできること」を見つけた人間の強さ
スケートを始める前は自己肯定感が低く、何をやってもダメダメだったいのり。そんないのりがフィギュアと司に出会うことによって才能を開花させ、次第に人間的にも成長していく様子がこの作品では描かれていきます。
いのり本人も言ってますが、人間って「上手にできること」が1つでもあると自信が持てますし努力することも苦にならなくなるんですよね。
私のフェイバリットエロゲの一つ、『グリザイアの迷宮』の日下部麻子もこんなことを言っています。
「たった一つの道でいい、究めてみろ。一つの道を究めるためには、様々なことを学ぶ必要がある。そして必要だからと学ぶうちに、いつの間にか自分に向いた学び方を覚える。たとえそれがどんな道であろうと、その道を究めた人間というのは、他の何をやるにしても自分の得意分野に置き換えて物事の要領を得る」
『グリザイアの迷宮』から日下部麻子
やっぱり何でもいいから自分の得意分野を持ってる人間は強いですよね。
しかもいのりの場合、ダメダメだったころの自分を否定せず、「スケートに出会わせてくれてありがとう」と感謝までしています。これはなかなかできることじゃない。いのりさん聖人か!
フィクションとはいえ、いのりさんの前向きさには学ぶべきことがたくさんあるかと。
今回アニメ化されたのは原作の4巻くらいまで。漫画4冊をアニメ1クールかけて描くというのは結構丁寧なペースじゃないでしょうか。
まだまだ原作のストックはたくさんありますし(現在12巻まで刊行)、放送終了と共に当然のごとく2期制作も発表されたのでこれからの展開も楽しみです。
我慢できずに原作も読んでしまうかも。というか読むべきですよね。