今回紹介するのは異色の同人作品、サークルNovectacle(現NOVECT)制作の『ファタモルガーナの館』。略称は「ファタモル」。エロなしの全年齢向け作品になります。
タイトル名が覚えにくいのですが、ファモタルでもファルタモでもファタルモでもなく「Fata Morgana」。イタリア語で”蜃気楼”という意味だそうです。
同人ソフト界隈って数年に一度くらいに突如として傑作が生まれたりするんですが、この作品もそんな傑作のひとつ。2012年の冬コミケで発表されるやいなや クチコミで一気に評判が広まり、「同人ゲーム・オブ・ザ・イヤー for Novel and ADV2012」では10部門を受賞。あれよあれよと言う間に3DS、Vita、PS4、Switchの各種ハードに移植されたうえ、英語版や中国語版、 iPhone版も制作された作品です。
物語は西洋の古い館を舞台にしたサスペンスホラー。館の女中が「あなた」に向かってかつて館で起きた事件を語るところから始まります。
全体としておどろおどろしい雰囲気ですが、独特な絵のタッチもあって怖いというより不気味さが強い作風ですね。
萌えとか無縁の硬派な作品で、かなり残酷な描写もあるためプレイするには覚悟が要りますが、シナリオ・CG・音楽のどれをとっても同人ソフトとは思えないほどの高い完成度を誇るため、シナリオ重視派の方はぜひプレイしてほしい作品です。

ブランド | Novectacle |
ジャンル | 悲劇と絶望の 西洋浪漫サスペンスホラー |
初回発売日 | 2012.12.31 |
DL版価格 | 2,090円 |
シナリオ | 縹けいか |
原画 | 靄太郎 |
おすすめ度 | 85 |
シナリオ傾向 |
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あらすじ
「あなた」は気づけば、古ぼけた屋敷にいた。
公式サイトから抜粋
目の前には、「あなた」を旦那さまと慕う、翡翠の目をした女中がいる。
しかし「あなた」には記憶がなく、自分が何者なのかわからない。
生きているのかさえも。
そんな「あなた」に、女中は屋敷で起きた数々の悲劇を見せるという。
そこに、「あなた」の痕跡があるかもしれない……。
作品リスト
タイトル | 対応OS | 発売日 | 入手難度 |
---|---|---|---|
ファタモルガーナの館 | 2000 XP Vista 7 | 2012.12.31 | やや難 |
ファタモルガーナの館 -Another Episodes- | Vista 7 8 10 | 2015.8.16 | 並 |
ファタモルガーナの館 | 3DS | 2016.7.27 | ― |
ファタモルガーナの館 -COLLECTED EDITION- | Vita | 2017.3.16 | 並 |
ファタモルガーナの館 -DREAMS OF THE REVENANTS EDITION- | PS4 | 2019.10.24 | 並 |
ファタモルガーナの館 Novectacle Collection | 7 8 10 | 2020.5.22 | 易 |
ファタモルガーナの館 -DREAMS OF THE REVENANTS EDITION- | Switch | 2021.3.25 | 易 |
PCパッケージ版は2012年の冬コミケで頒布されました。初回版等の区別はありません。
公式サイトでも通販を行っていますが、ゲーム本編は完売しています。
パッケージ版を買うなら中古ということになりますが、そもそも同人ソフトの中古市場は小さいので、ちょっと手に入りにくいですね。駿河屋やまんだらけのようなショップでたまーに見かける程度。
『-Another Episodes-』は本編終了後のアフターストーリーや前日譚を集録したファンディスク。
『Novectacle Collection』はサークルの過去作品(「霧上のエラスムス」「セブンスコート」)も同梱したもの。画面サイズが4K仕様にリファインされています。過去作品は「ファタモル」と登場人物は共通ですがストーリーや世界観が全く異なるので、外伝というよりは”スターシステム”的な別作品と思ってもらって良いかと。過去作品の単品は公式サイトから無料でダウンロードすることも出来ます。
各種コンシューマ版は音声とファンディスクの内容を追加したもの。Vita版以降は外伝のさらにアフターストーリーである現代編が追加されていますが、追加部分の絵のタッチはかなり変わっています。(3DS版はDL版のみで音声なし&外伝なしのベタ移植)
この他にモバイル版(iOS/Android)も配信されています。(モバイル版は一時期配信停止していましたが、2025年に再リリース)
今から買うならコンシューマ版を推奨。やはりボイスの追加は大きいです。キャストもメチャクチャ豪華ですし。
PC版を買うのであればDL版を推奨。定価2000円ちょっとな上に、たまに半額セールもやっているのでかなりお手ごろです。
DLSiteやSteam、BOOTH等で配信されています。DMMでは一般ゲームフロアでしか扱っていないので注意してください。(規約上一般ゲームのリンクは貼れないのでDMMのサイトから検索してください)
システム
ゲームエンジンはフリーソフトの吉里吉里。画面サイズは800×600。
発売時期を考えるとちょっと古いシステムですが、必要最低限の機能は備えています。ロード後もテキスト履歴が保存されるのはありがたい。
ただ作品の雰囲気を出すためか、システムメニューをクリックしたときのレスポンスが遅い場合があるのがちょっとヤキモキします。
起動後の注意書きにもありますが、この作品は”音”に非常にこだわっています。BGMはもちろんのこと、扉を開くときの音や歩くときのこつこつとした靴音、得体の知れない獣の叫び声、特にPC版は音声が無いぶんこういった効果音が重要な役割を担っています。是非ヘッドホンを使用してプレイしてください。
シナリオ

シナリオ担当はサークルNovectacleの代表でもある”縹(はなだ)けいか”さん。
テキストは会話文よりもいわゆる”地の文”が多めなので、まさに小説を読んでいるかのような感じ。
非常に重厚でありながら読みやすい文体で、グイグイ引き込まれます。言っちゃあなんですが、商業ゲームでもここまでの文章を書けるライターさんはそういないのではなでしょうか。
物語は実質章別構成。各章で時代や登場人物の異なる壮大な物語になります。
不思議な洋館で目を覚ました「あなた」に館の女中が館で過去にあった出来事を語りかける形で紡がるというゲーム媒体独特の構成です。各シナリオは女中からの伝聞形で書かれるため初めはちょっと違和感があるかもしれませんが、すぐ慣れると思います。
また中盤でゲーム媒体ならではのちょっとした仕掛けが用意されています。私は普段からテキスト履歴を確認する癖があるので最初見たときはゾクっとしましたが、これ気付いてないプレイヤーも多そうな感じです。
そんな素晴らしいテキストの中で唯一、唯一気になったことと言えば、キャラの台詞の中で「○○、それか××」というようなちょっと軽い感じのする言い回しがちょくちょく出てくるとこでしょうか。そこはカッコよく「あるいは」や「もしくは」としてほしかったです。
それ以外にも、キャラの台詞中にちょくちょく現代的な言い回しが出てきます。さすがにこの時代の人は「イケメン」とか「スルー」とか言わないでしょ・・・。
グラフィック

原画はNovectacle所属の靄太郎さん。CGモードで見られるイベント絵は全部で45枚。
サンプルCGを見ていただければ一目でわかると思いますが、描き込みがハンパなく美麗で繊細。こう言っては何ですが同人ゲームのクオリティではありません。
デザイン自体も非常に独特で、他のギャルゲーではまずありえない、写実的で西洋絵画のような画風です。雰囲気としてはコーエーの『大航海時代』シリーズの絵のタッチに似てますね。
このデザインがまたストーリーとベストマッチ。この絵だからこそストーリーの魅力も引き立ちます。
キャラクター

館の女中
館の物語を伝えるストーリーテラー。
一般的なギャルゲーに出てくる記号化された「メイド」ではなく、まさに「女中」といった感じ。表情が怖い・・・。
白い髪の娘
物語の中に登場するヒロイン(?)。
正に物語を動かすキーパーソンです。
あなた
記憶を失った状態で目覚める主人公。女中からは「旦那さま」と呼ばれる。
この3人が一応メインキャラと言えるのでしょうか。それぞれ名前が明かされないまま物語が進みます。
これ以外の女中が語る物語に出てくる人物にはちゃんと名前がついた状態で登場します。主要なキャラはだいたい各物語で2~3人くらい。登場人物が少ないので人間関係はわかりやすいかと。
ボイス
PC版はキャラボイスがありません。
参考までにCS版のキャストは以下の通り。
瀬戸麻沙美 | 小清水亜美 | 能登麻美子 | 阿澄佳奈 | |
下田麻美 | 豊崎愛生 | 堀江由衣 | ||
櫻井孝宏 | 保志総一朗 | 鈴村健一 | 梶裕貴 | 諏訪部順一 |
なんだこの豪華声優陣(笑
一般向けゲームだとキャストが豪華になるのはよくあるっちゃある話なんですが、全員が主役&メインヒロインでもおかしくないキャスティングです。
これ多分オーディションとかせず個別に指名したんでしょうね。
この声を聴くだけでもCS版を買う価値はあります。
BGM
BGM作曲はMellok’nさん、がおさん、Yusuke Tsutsumiさん、守屋昂生さん、Aikawa Razunaさんの5人。
作品の雰囲気に合わせたような西洋風の曲が多く、一般的な美少女ゲームにあるような”ギャルゲっぽい曲”がありません。
曲数はなんと65曲。シナリオのボリュームに比べるとかなり多いですね。しかもそのうちの多くにボーカルがついています。(歌唱担当は”がお”さん)
ボーカル曲の歌詞はなんとポルトガル語。何を言っているかは全く聞き取れないので、ボーカル付きでありながら物語を読み進める上で邪魔になりません。(歌詞は音楽モードで日本語訳と共に確認することが出来ます)
お気に入り曲は辛い過去が判明するときなどに使われる「They are crying」。ベートーヴェンのピアノソナタ「月光」をオマージュしたようなイントロに始まり、つぶやくような短いボーカルのフレーズを何度も繰り返し ながら段々と曲が盛り上がっていきます。結構長い曲でシナリオの盛り上がりに合わせるかのように伴奏が追加されていくため、いつの間にか途中で曲が変わったように錯覚してしまうことも。
ただ音楽モードがちょっと使いづらいです。最初28曲しかないのかと思った・・・。右下に「次の曲へ」とありますが「次のページへ」としたほうが良いような。
ムービー
一応ゲーム開始直後にムービーっぽいものが流れますが、スタッフクレジットが表示されるだけの簡易的なものです。
Youtubeで公開されているPVのほうがOPっぽいですが、微妙にネタバレかも。
攻略
基本的に一本道のストーリーですが、選択肢によってバッドエンド的な結末に分岐します。
エンディングリストに掲載されるのは計8つ。そのうち最後の1つがいわゆるトゥルーエンドです。その8つ以外にも共通のデッドエンドがあります。
選択肢の後に即分岐するため迷うことはないかと。むしろ全てのバッドエンドを回収するほうがめんどくさいです。
トゥルーエンドをクリアすると同人作品によくある楽屋裏的なモードが、全てのエンディングを見ると本編のプロローグ的なストーリーが解放されます。
総プレイ時間はゆっくりやって25~30時間くらい。値段の割にボリュームがあります。
感想

エロも無く、萌えキャラも無く、シナリオ分岐も(実質的に)無い異色の同人作品『ファタモルガーナの館』。
綿密に練られた世界観、テキストによる情景や心情の描写、プレイヤーを引き込むストーリーテリング、終盤のネタばらしと怒涛の伏線回収、美麗なイラストと聴き応えのあるBGM、どれをとっても一級品で、あえて使い古された言い回しで言えば「とても同人のレベルとは思えない」ほど完成度の高い作品です。
章別構成の物語は4章までは実質プロローグ。時代も舞台も全く異なるのに根柢のところではつながりを感じるオムニバス形式のような物語で、プレイヤーを作品世界に引き込んでいきます。
そして本格的に館の秘密が明かされていくのは5章からなので、決して序盤で止めないでください。
作風的にネタバレ厳禁の物語なのであまり細かい感想が書けないのがもどかしいですが、多分こうなんだろうな~という予想を軽く超えてくる驚きに満ちていました。
シナリオ自体も非常に重厚。登場人物のほとんどが過酷な運命を背負っているため、読み進めるごとに「どうしてこうなった…」と嘆かざるをえません。彼らがいったい何をしたというんだ…。ライターさん鬼畜すぎる(笑
またシナリオを盛り上げるCGや音楽、効果音の使い方が作品の世界観にベストマッチ。多分テキストのみの小説だったりすると、ここまでの没入感はなかったように思えます。
同人作品ってまぁぶっちゃけ商業作品と比べるとテキストやグラフィックに稚拙なところがある作品が多く、「まぁ同人だししょうがないよね」というのが暗黙の エクスキューズになっているんですが、この作品はテキストはもちろんのこと、グラフィックもBGMも全く隙がありません。このクオリティだと商業作品でも 2000円台で売るのは絶対無理です。
こういう純粋な”シナリオや演出の面白さ”で勝負できるのも、同人ゲームならではの敷居の低さと自由度の高さがなせる技なのかも。商業PCゲーム業界は制約の少ないフレシキブルな世界だと思いますが、それでもポッと出の作家さんが何年もかけていきなりエロ無しのゲームを発表するのは難しいですし。
何より”縹けいか”さんという才能を発掘できたのがオタク業界にとっては僥倖。同じようにかつて同人作品からデビューした奈須きのこさんや竜騎士07さんに続く活躍を期待したいところ。
縹さんはすでにラノベデビューもされているので、この作品が気に入ったら『モーテ ―水葬の少女―』(MF文庫J)シリーズを読んでみるのもいいかもしれません。