美少女ゲームの世界では作中に「演劇」を取り入れた作品をちょくちょく目にします。
古いところではKeyの『CLANNAD』や130cmの『彼女たちの流儀』など。こういう作品は劇中劇の物語を本編とリンクさせたり、役者をするキャラクターの二面性を描いたりすることによって、重層的なストーリーを構築できたりするんですよね。
今回紹介する作品は、そんな”演劇”をド直球にテーマにした『冥契のルペルカリア』。略称は「ルペカリ」。
「冥契」とは「無言のままでも、心と心とがぴたりと一致すること」「死んだ男女を結婚させること」という意味。「ルペルカリア」は古代ローマのお祭りで、若い男女を結びつけるバレンタインデーの起源となった行事だそうです。
シナリオライター・ルクルさんと原画家・桐葉さんをメインとしたブランド・ウグイスカグラの4作目で、Getchu.com美少女ゲーム大賞・シナリオ部門1位&総合部門2位、2021年5chベストエロゲ―投票1位、というコアな人気のある作品です。
物語は学園の新入生である主人公と幼馴染がゲリラ的に行われた演劇を観たことをきっかけに学生劇団『ランビリス』に入団し、クセの強い仲間たちと共に演劇を作り上げていく、というもの。
あらすじだけ見ると爽やか部活もののように見えますが、内容は演劇に取りつかれた役者たちによるハードな群像劇。
嫉妬と愛憎にまみれる非常に重い物語なので、あまり初心者さんに薦められるものではありません。
やや人を選ぶ作風ですが、内容は非常に個性的。
声優さんの演技や意表を突くシナリオ展開にゾクゾクっとするので、一般的な美少女ゲームに飽きてきた人こそプレイしてほしい作品です。
- 演劇をテーマにした不思議で独特な世界観
- 天才と凡人の違いを浮きだたせる人間関係
- ベテラン声優による迫真の演技
購入ガイド
タイトル | 対応OS | 発売日 | 入手難度 |
---|---|---|---|
冥契のルペルカリア | 8 10 | 2021.2.26 | 並 |
冥契のルペルカリア | PS4 Switch | 2022.6.23 | 易 |
パッケージ版は初回版と特装版があります。初回版の特典は主題歌シングルCDのみ、特装版はそれに加えてサントラCD・設定資料集・小説が付属します。
CS版はHシーンをカットして新規シナリオを少し追加したもの。
PCパッケージ版は特装版・初回版共にロットアップな上、中古価格もやや値上がり気味です(初回版でも8000円以上、特装版は定価越えのプレミア化)。ウグイスカグラは通常版や廉価版の類を出さないので再販は望み薄。
そのため今から買うならダウンロード版で。現段階ではまだセール対象にならないので少々割高ですが、クーポンやポイント還元を駆使すれば中古価格より安くなると思います。
安く済ませたいならCS版で。正直この作品はHシーンが(1ヶ所を除いて)それほど重要ではないので、CS版でも普通に楽しめるかと思います。
システム
システムは通常のAVGタイプ。画面サイズは1280×720。
コンフィグでいじれる設定は最近のゲームとしては必要最低限といったところでしょうか。不便とまではいきませんが微妙に痒い所に手が届かない感じ。
オートモードのウエイト時間が文章の長さに関わらず不変(調整自体は可能)な上に、テキストが4行くらい表示されることがあるので、長い文章を読むときはちょっと焦ります。
テキスト履歴から任意のシーンにジャンプできるのは良いんですが、ロード再開後は履歴が保存されません。今どきのゲームにしてはちょっと不親切かも。
シナリオ
シナリオ担当はウグイスカグラの看板ライター・ルクルさん。
かつて舞台子役として活躍していた主人公・瀬和環と幼馴染の倉科双葉が学園の入学直後、劇団ランビリスという学生劇団のゲリラ公演『ハムレット』を観劇。感化された双葉が「演劇をやりたい」と言い出したためランビリスの座長・天樂来々のもとを訪れるところから物語は始まります。
この劇団ランビリスというのは、よくある学校の演劇部ではなくプロの演劇集団です。そのため劇団員は全員本気で演劇に人生を捧げている人間ばかり。特に座長の来々は「演劇を成功させるためなら何でもする」という考えのもと、他人の気持ちなど一切考えずに行動する男なので正直ドン引きすると思います。
そんな個性的で”演劇バカ”なキャラクターたちが1つの演劇を作り上げていく群像劇のようなストーリーです。
物語の舞台となるのは芸術の街”ニュクス”。ここは街並みこそヨーロッパっぽいですが、文化的には日本と変わらない架空の街。芸術の街という割に学生たちも演劇に興味のない人がほとんどなので、この辺の設定はアバウトな感じ。
物語中の演劇にはシェイクスピアの『ハムレット』やアルベール・カミュの『カリギュラ』といった戯曲や、江戸川乱歩の『赤い部屋』のような小説が扱われ、それ以外にもサン=テグジュペリの『星の王子さま』や宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』、さらには中原中也の詩なんかも頻繁に引用されます。原典を知らなくても物語は楽しめますが、知っていればより深みが出ますね。ある意味教養が試される作品です(笑
『赤い部屋』はそんなに長い物語ではないですし、ネットの青空文庫でも無料公開されているのでプレイ前に読んでおくのもいいかもしれません。
■江戸川乱歩『赤い部屋』(青空文庫)
グラフィック
原画・キャラデザインは桐葉さん。
イベント絵は全部で85枚。SD絵の類はありません。
髪の毛の描き方とかなんとなくラノベの挿絵っぽい画風ですね。
複数のキャラが描かれることは少なく、基本的にヒロインのみがアップになった構図がほとんど。
演劇中のCGは凄く鬼気迫るものがありますね。特にめぐりや琥珀の狂ったような表情は非常にインパクトがあります。
ちなみに主人公の姿は一切描かれません。Hシーンで下半身が描かれるくらい(笑
この種の作品でここまで主人公の姿が描かれないと何かの伏線を疑ってしまいますが、別にそういう意味もないようです。
キャラクター
架橋 琥珀
夜中に公園で一人芝居をしていたところで主人公と出会う少女。
演劇の経験がないにもかかわらず異常に演技が上手い。
匂宮 めぐり
劇団ランビリスで一番の実力者にして看板女優。
小悪魔的な性格と可愛らしい表情で主人公と距離を詰めてくる。
箱鳥 理世
劇団ランビリスの事務担当。巨乳。
規律に厳しく、新人役者の基礎トレーニングも指揮する。
天使 奈々菜
ネット上でアイドル活動をする少女。通称天使(てんし)ちゃん
運動や勉強は苦手な妹キャラ。
瀬和 環
本作主人公。かつて舞台子役として活躍していたため演劇の知識は豊富。
幼馴染のために一緒にランビリスに入団したり、自宅を稽古場として提供したりと面倒見は良い。
この他に舞台上で壮絶な死を遂げた天才女優・折原氷狐、環の幼馴染で女の子が好きな倉科双葉、妖艶な演技が特徴の劇団員・龍木悠苑、明るい性格で劇団の衣装制作その他を取り仕切る白坂ハナ、性格のねじ曲がった座長代理・天樂来々、気さくだが物憂げな団員・椎名朧。
物語に登場する主要なキャラは以上11人。故人である折原氷狐以外は全て劇団ランビリスの団員になります。このほかにも多くの団員がいるという設定ですが、物語中には一切出てきません。
団員以外にめぐりの祖父で元ランビリスの座長である匂宮王海や奈々菜の母親などが登場しますが立ち絵はなし。
個人的お気に入りはサブキャラの倉科双葉。主人公の幼馴染でありながらガチレズのため恋愛対象外という、一般的な美少女ゲームではなかなかないキャラ設定です。口が悪くて男嫌いにもかかわらず、主人公とだけは腐れ縁が続いているという特殊な距離感が非常に心地いいんですよ。
ボイス
奏雨(琥珀) | 小波すず(めぐり) | 花澤さくら(理世) | 梅木ちはる(奈々菜) |
御苑生メイ(氷狐) | 東シヅ | 歩サラ | 飴川紫乃 |
椨もんじゃ | 鏑木真 |
主人公以外フルボイス。
ベテランぞろいの実力派声優陣です。梅木ちはるさんのみ出演作数が少ないですが、演技力はさほど問題ありません。
作中ではキャラが役者として演技をする場面も多いのですが、そのときはちゃんと”舞台っぽい”オーバーな演技になっています。まるで本当に舞台を観ているような気分になるので声優さんの実力の高さが窺えますね。しかも演技素人である奈々菜や双葉は、他の役者とは違う”素人が頑張った演技”になっていてリアリティがあります。
なかでも聴きごたえがあるのが折原氷狐役の御苑生メイさん。まさに鬼気迫る迫真の演技です。登場人物の中では最も上手い天才女優という設定ですが、声の演技だけで氷狐の天才性を見事に演じ切っています。これは凄すぎる。
元々私は御苑生さんの妖艶な演技が好きだったんですが、改めてその実力を目の当たりにしました。
BGM
BGM作曲は”めと”さん。
ミュージックモードで聴ける曲は26曲。
全体的に良い意味であまり主張しない落ち着いた曲が多いですね。物語を邪魔しないのでストーリーに集中できます。
個人的お気に入り曲は辛い過去を思い出したような痛みを感じる「残り火」。
哀愁を誘うメロディーが演劇にぴったりな「黄昏に沈む」。
回想シーンによく使われ、まるで童話を読み聞かせるような雰囲気の「monologue」。
まったりとして落ち着いた曲「まどろみのダルセーニョ」は、なんとなくRPGに出てくる田舎町のBGMっぽい。
非常にクラシカルな雰囲気の「序曲」は語りかけるようなピアノの音色とそれに答えるバイオリンの旋律が印象的。
主題歌
タイトル | 作詞・作曲・編曲 | 歌 | 備考 |
---|---|---|---|
「ライムライトの残火」 | めと | アヤネ | OP |
主題歌「ライムライトの残火」を歌うのはウグイスカグラの過去作『水葬銀貨のイストリア』でもボーカル曲を担当したアヤネさん。
OPにしては落ち着いていてどこか悲し気な曲調ですね。ボーカル曲はこの1曲だけ。ミュージックモードで聴けないのは残念です。
「ライムライト」というのは電灯が発明される前に使われていた舞台照明装置のことで、転じて「名声」とか「花形」という意味にも使われます。
ムービー
開始後数時間くらいでOPムービーが流れます。
作中に使われたCGと文章を使い、頻繁に入れ替えることで不安をあおるようなつくり。
CGはともかく文章のほうはややネタバレチックなので注意して読まないほうがいいかも。まぁ一瞬しか表示されないのでほとんど読めないと思いますけど。
EDムービーはボーカル曲こそありませんが、非常に「この作品っぽい」構成になっています。
攻略
選択肢により本筋のシナリオから外れて個別ルートに分岐する、いわゆる途中下車方式のシナリオ構成です。
推奨攻略順は分岐の順番通りに奈々菜→(理世)→めぐり→琥珀。理世ルート(っぽいもの)は選択肢がありません。
個別ルートは変に後回しにせず、その都度分岐させてから本筋のシナリオを進めるようにしてください。各個別ルートに1回だけしか選択肢が出ないのでシンプルではあるんですが、どちらを選べば良いか初見ではわかりにくいかもしれません。うっかり本筋のルートに入ってしまったら即やり直しましょう。個別ルートに入ると章番号が『第陸幕』のように難しい漢数字(大字)になるのですぐわかると思います。
総プレイ時間はゆっくりやって25~30時間くらい。
個別ルートが短めなぶんメインルートは結構ボリュームがあります。
Hシーン
シーン回想に登録されるHシーンはヒロインあたり5つプラス1で21個。
ただ1回の行為で複数のシーンが登録されるので、シナリオ上は各ヒロイン3回ずつくらいですね。
行為自体はオーソドックスなもの。卑語は言わないので修正もありません。
感想
私自身ウグイスカグラ作品は初めてプレイしたんですが、かなりハードで重いストーリーでした。軽く他作品の感想も見てみたら、シナリオライターのルクルさんはこういう感じの物語が特徴的みたいですね。
構築された独特の世界観
まず物語の世界観がとても特徴的。
演劇をテーマにしつつ、非常に観念的な世界にプレイヤーを引き込んでいきます。
やや込み入っているので混乱しそうですが、こういう世界観は00年代の某有名作がパッと思いつくので(ネタバレを防ぐためにタイトルは伏せますが)、ベテランプレイヤーにはストーリーが理解しやすいかもしれません。
個別ルートが短くて事実上のBADエンド扱いなのも他の美少女ゲームと一線を画しています。
ただ全く無意味かと言うとそういうわけではなく、むしろ個別エンドを見ているからこそ本筋のシナリオに深みが生まれる構成です。この作品の個別エンドって単なるIFルートではないんですよね。主人公とヒロインが恋仲になって幸せになっていくという美少女ゲームでよくある結末を先に見せることによって、キャラクターたちの本当の幸せとは何か?を問いかける物語になっています。
演劇に取りつかれたキャラクターたちによる群像劇
そして特筆すべきは、作品に登場する数々のキャラクターたち。
ヒロインはもちろん主人公やサブキャラに至るまで、キャラクターの掘り下げが非常に深いんですよ。それぞれがどうやって演劇に出会い、どういう理由で役者を目指し、劇団ランビリスに入るまでに何があったのかを詳細に描いていきます。
一部のキャラクターは演劇に人生を賭けすぎていてドン引きするような行動をとったりもするんですが、それまでの経緯を知ると共感はできなくても理解はできるようになるかも。
そんなキャラクターたちの苦悩が天才と凡人との差。
凡人たちが必死に努力して技術を上げても、天才たちが軽々と追い抜いていくことに対する嫉妬や絶望を抉りだしていきます。こういう描写はアニメ化もされた漫画『【推しの子】』や、エロゲだと『サクラノ詩』あたりにもありましたが、この作品は描き方が本当にエグい。
凡人にもなまじ実力があるからこそ絶対に越えられない天才との差を理解し、なおかつ天才の実力を認めないわけにはいかない。
これは天才側も同じで、親しかった人に才能の差を恨まれ、「こんな才能欲しくなかった」とまで言わせるほどの壮絶な苦悩を描いていきます。
この作品は正直、メチャメチャ感動するというタイプの物語ではないんですが、人の内面を抉りだす濃密な群像劇という感じです。演劇という、いわば虚構の世界に入り込んだ役者たちの重すぎる決意にプレイヤーの心も振るわされます。
この作品をプレイしても役者になろうとは思わないですが、ちょっと演劇を見てみようかなという気にはなりますね。