2020年代作品美少女ゲームレビュー

ギャルゲーレビュー『イハナシの魔女』(フラガリア 2022年)

「ボーイミーツガール」

…と聞くと「そ~れぞ~れの~♪」と歌い出してしまうのは昭和世代の証。
いいですよね、ボーイミーツガール。

今回紹介する作品はそんなボーイミーツガール作品、つまり少年が少女に出会ったところから始まる物語『イハナシの魔女』。全年齢向けの同人作品になります。
同人ゲーム・オブ・ザ・イヤー2022にて「主演男優賞」「主演女優賞」「泣き部門賞」を受賞した知る人ぞ知る名作です。

物語は両親を事故で亡くした主人公・西銘光が育ての親である叔母からも捨てられ、済むところもなくただ一人沖縄にある離島で途方に暮れていたところ、異国情緒あふれる衣装を身に着けた少女・リルゥと出会うところから始まるちょっとファンタジックな感動ストーリー。
「俺がこの子を守らなくちゃ!」みたいな王道展開が好きな人にはお勧めの作品です。

制作したのは同人ゲームサークル「フラガリア」。
「ド王道のストーリーを目指した」というサークル代表・森さんの言う通り、変に捻らずいい意味で王道的なストーリーが展開します。

10代の少年少女特有のジュブナイル感に、存在自体が謎に包まれたヒロイン、閉鎖的な離島の因習、現代科学で説明できない不思議な現象、そしてヒロインにのしかかるあまりにも過酷すぎる運命。
まるで2000年代のラノベやノベルゲームの世界に原点回帰したような、どこか懐かしい雰囲気も醸し出す作品です。

こういう王道的な作品は逆に今では見られなくなっている感もあるので、むしろ新鮮に思える人もいるかも。

  • 王道的なボーイミーツガールストーリー
  • 沖縄の神話を上手く生かした世界観
  • 各キャラクターの成長を感じるシナリオ
ブランドフラガリア
ジャンルビジュアルノベル
初回発売日2022.8.13
DL版価格1,980円
シナリオ
原画むじ
おすすめ度80
シナリオ傾向

購入ガイド

タイトル対応OS発売日入手難度
イハナシの魔女8 102022.8.13
イハナシの魔女 Append8 10 112023.1.8
イハナシの魔女Switch PS4/5 XboxOne/X|S2023.4.28

パッケージ版は2022年夏のコミックマーケット(C100)で頒布されました。設定資料が付属しますが現在はプレミア化。プレミアといっても今のところ6000円くらい(駿河屋)なので買えない値段ではないですが、そのうちもっと高騰しそうな感じ。

C101で頒布された『Append』は本編の後日談を描いた小説とサブキャラのイラスト集。今ではSteamとBOOTHでデジタル配信されています。Steamのほうは本編を購入しないと見られないので注意してください。

各種CS版はダウンロード専売。ちょっと高いですが、設定資料と『Append』の小説が電子書籍形式で収録されています。

今から買うならもちろんダウンロード版で。
PC版はDLsite・Steam・BOOTHで配信されていますが、プラットフォームによって値段が違うので注意してください。ちなみにDMMでは配信されていません。

DLsite / Steam1980円
BOOTH1500円(通常版)/ 2000円(設定資料付き)
CS版2860円

定価はBOOTHがいちばん安いですが、DLsiteとSteamでは頻繁にセールの対象になっているので、割引中は1200円くらいで買うことができます。

システム

島に住む年下の高校生・アカリ

テキストが画面下に表示されるオーソドックスなシステムです。画面サイズは1280×720。
セーブやロード時に確認メッセージが出なかったり、セーブファイルを選ぶときに”頭から”スクロールしなければならなかったりと、微妙に使いづらいシステムです。
オートモードは台詞が途切れてしまうことが頻繁にあったのでちょっと使えませんでした。

キーボードの[Win]キーはなぜか強制スキップ機能が割り当てられているので、スクショを撮る際などは気を付けてください。

シナリオ

メインのライターはフラガリアの代表である森さん。

物語は両親を事故で失い、癇癪持ちの叔母夫婦のもとで育てられた高校一年生の主人公・光が1人で沖縄の離島に行かせられ、お金も住む家もなく途方に暮れていたところで外国人(っぽい)少女・リルゥと出会うところから始まる、ファンタジックなボーイミーツガールもの。

物語は3編の物語(アカリ編・保険販売員編・リルゥ編)に分かれていますが、時系列的にはつながっているので実質的には一本道の構成です。
例えば最初のアカリ編が終わった後はひとまずタイトル画面に戻されますが、スタートメニューから次の保険販売員編を選ぶとアカリ編の続きから物語が進行します。

なのでリルゥ編ではアカリ編や保険販売員編で体験した出来事や人間関係を踏まえたうえで物語が進行します。これによって主人公をはじめとする登場人物たちの成長や思いの”積み重ね”を感じることができるわけですね。
物語形式としては、シナリオゲーによくある「途中下車方式」の分岐しないバージョンといったところでしょうか。

舞台となる渡夜時島は人口も少なく余所者に対しては排他的で、実質的に村を牛耳る大里家を中心に村独自の文化やしきたりの存在する独特な雰囲気。
こういう閉鎖的な村の因習や特定の家が村を支配する構図は、どこか名作同人ノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』を彷彿とさせますね。

また作中にはニライカナイ(沖縄の伝承にある理想郷)や神女(カンジュナ)・祝女(ノロ)など、実際にある琉球の神話や文化などの用語や概念がよく出てきます。それに加えてこの作品独自の設定が上手く融合していて、沖縄風味があふれながらオリジナリティもある世界観です。

キャラクター同士の掛け合いは、いかにも”同人っぽい”感じ。
ちょいちょいオタクネタが出てきたり、ボケやツッコミのシーンでは「バシッ!」といった効果音が流れるので、日常シーンはちょっとおちゃらけた雰囲気ですね。この辺も『ひぐらし~』とノリが似ています。

グラフィック

島で働く社会人・紬

イラスト担当は”むじ”さん。
イベントCGは全部で10枚。ボリュームを考えてもかなり少ないですね。
各ルート終盤に使われるCG以外は割とどうでもいいシーンにイベント絵が使われていたりするので、ちょっともったいないなと思うことはあるかも。
立ち絵の種類も少ないんですが、その割に変なポーズのものがあったりするんですよね。

キャラデザは、まぁ正直なところ「いかにも同人ゲーム」といった感じでしょうか。
下手というわけではないんですが、あんまり綺麗系の絵柄ではありません。
特にリルゥ以外のキャラはあえてモブっぽいデザインにしているらしいです。
まぁこの作品は絵で魅せるタイプのものではないですし、よく言えば素朴な雰囲気が感じられ、ノスタルジックな離島のイメージにも合っています。

背景は実写画像を加工したもの。これも同人ゲームではよくありますね。
物語の舞台となっている渡夜時島(とよときじま)や久々島(ひさくじま)は架空の地名ですが、それぞれ沖縄県の渡名喜島や久米島がモデルになっています。
現地では村を上げて聖地巡礼を後押ししているので、沖縄旅行の際には寄ってみてはいかがでしょうか。同人ゲームの聖地巡礼って、『ひぐらし』の白川郷以外あんまりなさそうですし。

ただクレジットを見るとフリーの写真素材も使っているみたいなので、特に建物に関してはフリー素材を加工してるっぽいですね。実際「写真AC」で検索するとそれっぽい画像も出てきます。まぁ民家を勝手に撮影するわけにもいかないでしょうからこれは仕方ない。

キャラクター

主人公・光とメインヒロインのリルゥ

リルゥ・ジャミティダ
異国の衣装を身にまとった国籍不明の少女。アイドルのような美貌とスタイルを持つ。
畑に勝手に小屋を建てて生活したりハブを捕まえて焼いて食べたりと、日本の常識はないがサバイバル能力は一流。

赤摘 明
島いちばんの美少女を自称する15歳。アカリ編のヒロインで、とある目的のために東京を目指す。
会話のテンションが高く、場の雰囲気を盛り上げるすべにたけているほどコミュ力旺盛。

比嘉 紬
保険販売員として島で働く24歳の女性。保険販売員編ヒロイン。
穏やかな性格だが仕事では失敗続きで職を転々としている。

西銘 光
本作主人公の16歳の少年。両親を事故で亡くし叔母夫婦のもとで東京の高校に通っていたが、突然沖縄の渡夜時島に行かせられる。
見知らぬ土地で一人になるが、リルゥと出会って以降は仕事や家を確保し生活力を得ていく。

勲茶殿くんさでん 妃里子
渡夜時島で力を持つ勲茶殿家の令嬢。なにかとアカリをライバル視してちょっかいをかける。
「ですわ」調の典型的なお嬢様気質だが、将来のために経営学を学ぶほど勉強熱心。

兼城 丈
久々島に住む不良グループのリーダー。
金次第でどんな仕事も引き受けるが、仲間に対する面倒見は良い。

主要キャラは以上6人。この他にもキャラは出てきますが、ボイスや立ち絵はありません。
またモブキャラは沖縄の方言(ウチナーグチ)で喋りますが、主要キャラは標準語です。

以下、ちょっと本編と関係ない話ですいません。
物語のメインヒロインはリルゥなんですが、個人的に印象的だったのは比嘉紬。
紬は主要キャラの中では最年長で社会人として働いているものの、絶望的に要領が悪いためロクに仕事ができず、変なこだわりを持っていて仕事をえり好みしているという女性。
正直なところ、現実世界でもこういう人って男女問わずいたりしますよね。
なんだか「モデルとなった人でもいるのか?」と思わせるくらいちょっとリアルな描写でした。

こういう人はフィクションの世界なら「ドジっ娘」で済まされるところですが、現実では周りに迷惑をかけまくる厄介な存在。しかも本人に悪気があるわけではなく、むしろ仕事ができない自覚はあるので他人より一生懸命だったりします。

つい最近も自治体の職員が「分からない業務について調べることや確認することが苦手で、後回しにしてしまった」と市民からの申請書類を放置したり無断で市長の印鑑を使ったりして、2年間で1000件以上の不正が見つかったというのがニュースになりました。

普通の人からすると「わからないなら訊けばいいじゃん」と言いたくなりますが、それができない人って残念ながら一定数いるんですよね。
取り立てて大きな障碍があるというわけでもない(むしろ学校の成績は良かったりする)ので福祉の網にもかからず、周りも本人も疲弊してしまうというのはちょっと身につまされる話でもあります。

ボイス

ばるう(リルゥ)九重なゆ(アカリ)ミコト(紬)
夜宵紫苑(妃里子)フルゴオリ(兼城)

主人公以外、主要キャラフルボイス。といっても5人のみ。
私はあまり詳しくないんですが、同人ゲームやスマホゲー等の出演が多い、フリーの若手声優さんみたいですね。

こう言っては何ですが、全員プロの声優さんなのでちゃんと演技はできています。聞き苦しいということはありません。
ただ正直なところ、声のツヤや演技の幅に関しては事務所に所属してる声優さんと比べると明確な差を感じてしまうことも。やっぱ事務所所属の声優さんって文字通り”選ばれしもの”なんですね。

同人ゲームで下積みを積んでいずれ一般のゲームやアニメに…、というのはロマンがあるのでこれからも応援したいと思います。

BGM

作中のBGMは主にフリーの音楽素材を使っているみたいですね。
残念ながら音楽鑑賞モードがないので曲数はわかりませんが、作風に合ったノスタルジックな曲が多いと思います。

中でも印象的なのがタイトル画面でも流れるBigRicePianoさん作曲の「Coffee & You」。落ち着いた雰囲気でずっと聴いていられるヒーリングミュージックのような曲です。

主題歌

タイトル作詞/作・編曲備考
「さゆらぎ」高城みよひさしろED

ボーカル曲はエンディングに使われる1曲のみ。
しっとりとした三拍子のリズムで、優しく包み込むような曲ですね。なんだかひと夏の冒険が終わったような寂寥感を覚えます。

ムービー

EDムービー制作はT丸さん。
少ないイベントCGを最大限活用した、夏の思い出を振り返るような構成です。
ペラペラとアルバムをめくるような演出がいいですね。

作中にOPムービーはありませんが、CS版の販売元であるKEMCOからPVが配信されています。

攻略

一応作中に選択肢っぽいものは出てきますが、どう選んでも物語の進行には影響しません。
なので実質的には一本道の構成になります。

シナリオ順は共通ルート的なプロローグの後、
アカリ編→保険販売員編→リルゥ編
で固定。
各章が終わった後は一旦タイトル画面に戻されますが、「START」から再開すれば次の章を選ぶことができます。

リルゥ編クリア後はEXTRAモードに「真実」と銘打ったショートストーリーと、フラガリアの森さんによるスタッフコメントが解放。
「真実」は本編で明かされなかった伝承の始まりが語られます。数は多いですがそんなに長いわけでもないので、クリア後に全部一気に読んでしまいましょう。

総プレイ時間はゆっくりやって12~15時間。
公式には「10時間程度」と書かれていますが、実際はもう少しかかると思います。

感想

一緒に生活を始める2人

この作品を制作したサークル・フラガリアは「王道ボーイミーツガールをどこまで磨くことができるか?をド直球に突き詰めるべく作成した」と語っていますが、正に王堂というべき物語でした。もちろんいい意味で。
単なるボーイミーツガールではなく、2000年代前半に流行ったいわゆる”セカイ系”のテイストもある作品ですね。

セカイ系ボーイミーツガール

セカイ系の定義とは何なのかというと、まぁ私も詳しくは知らないんですが、誤解を恐れずにざっくりいうなら「主人公とヒロインの行動が世界の存亡にかかわる」「ヒロインが重大な使命を帯びていて主人公は何もできない」みたいな感じ…であってますかね?
有名どころでは秋山瑞人さんのラノベ『イリヤの空、UFOの夏』、高橋しんさんの漫画『最終兵器彼女』、そして新海誠さんの自主制作アニメ映画『ほしのこえ』あたりがセカイ系の代表作でしょうか。

特に『イリヤ~』に関しては私のフェイバリットラノベの一つなので非常に思い入れも深いです。何度読み返して何度泣いたかわかりません。
今回の『イハナシの魔女』のプレイ中、(特にリルゥ編において)何度か『イリヤの空~』を彷彿させる展開がありました。もちろん世界設定もシナリオ展開も全く違うんですが、どこか共通するものがあるからこそ”王道”なんでしょうね。

リルゥ編後半はもうドキドキしっぱなし。
過酷な運命に翻弄される光とリルゥは懸命にに抗おうとしますが、しょせん10代の少年少女。お金も知識も経験もない子供には何をするにも限界があります。
未熟な主人公が必死にヒロインを守ろうとする姿は『イリヤ~』でもありましたが、思わず応援したくなりました。
主人公である光の「俺が守らなきゃ」というリルゥへの気持ちは、正にボーイミーツガールの王道。たとえ世界を敵に回しても好きな女の子を守る、…もう私こういうの大好きです。だって男の子だもん!

ただこの種の作品ってだいたいアンハッピーな結末になることが多いんですよね。なのでずっと「お願いだからハッピーエンドになってくれ」と祈る気持ちでプレイしてました。
どういう結末になるかは実際にプレイしてほしいんですが、私にとっては凄く満足度の高い物語でした。

メインヒロインのリルゥ

この作品ではヒロインであるリルゥのキャラクターもいいんですよね
『イリヤ~』の伊里野や『最終兵器彼女』のちせは主人公の前ではか弱い感じのヒロインでしたが、この『イハナシの魔女』のヒロイン・リルゥは比較的強い女性として描かれます。というか実際強いです。蛇を捕まえて焼いて食ったりします。

それに対して主人公の光は力も弱く、天涯孤独な16歳。重要な場面で「あなたはどうしたい?」と訊くリルゥと光は、まるで姉弟のような関係にも見えます。
でもそんなリルゥも異国の地に一人で来て不安でないはずもなく、時折隠れて涙したりと年相応の弱さも見せる。
光もリルゥと共に様々な経験をして友人も増え、だんだんリルゥと対等になっていき、やがてリルゥを守る立場になっていく。そんな光の成長もハッキリと見て取れます。

そして次第に仲を深め、互いに信頼するようになっていく2人。
一般的なギャルゲと違ってイチャイチャするようなシーンは少ないんですが、しっかりと2人の間で絆が生まれているので、この辺はちゃんとギャルゲしてる感じですね。

”王道的”というとともすれば”ありきたり”な物語になってしまいがちですが、この作品は王道的でありながら先が気になるシナリオで、最後までハラハラする作品でした。
まさに「男の子が求めているのはこういう物語なんだよ」と言いたくなるようなお話です。
たまにはこういう変に捻らない直球のシナリオも良いものですね。


あとTRFの『BOY MEETS GIRL』が30年前の曲と知って軽くショックを受けました…。

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