非常に個性的な作品『素晴らしき日々』を生み出したケロQのベテランクリエイター”すかぢ”さん。
今回紹介するのは、そのすかぢさんがサブブランド・枕にて制作した魂の作品『サクラノ詩(うた)』。略称は「さくうた」。
萌えゲーアワード2015大賞・ユーザー支持賞金賞、Getchu.com美少女ゲーム大賞2015総合部門・シナリオ部門・ミュージック部門1位、2015年5chベストエロゲ―投票ではぶっちぎりの1位という、まさに歴史に名を残す名作です。
この作品は元々すかぢさん抜きで2004年に発売予定だったのですが、紆余曲折があって一旦プロジェクトが停止。タイトルは発表されていたためファンからは幻の作品扱いされていましたが、その後すかぢさんがメインでシナリオを書くことになりプロジェクトが復活。およそ10年越しの2015年にようやく発売されるという、なんともいわくつきの作品となりました。
一見するとよくある学園モノに見えますが、非常に内容が濃く、特に後半はかなりシリアスな作風です。
初めに言っておきますが、この作品はメチャメチャ泣けるとか、血沸き肉躍るバトルがあるとか、プレイヤーを騙す衝撃展開があるとか、そういうものではありません。
ただ物語のメッセージ性が強く、プレイヤーの心に問いかけるような作品だと思います。言ってみれば直木賞よりも芥川賞よりの作風かと。
すかぢさんの前作『素晴らしき日々』とストーリーの繋がりは全くないですが、前作のテーマが「幸福に生きよ」だったのに対し、今作が描くのはその先の「幸福な生」。
前作のプレイは必須ではないものの、続けてプレイするとすがぢさんの伝えたかったメッセージをより理解できるかもしれません。
気楽に読める物語ではないのであまり初心者さんにはお勧めできないものの、前作ほど尖った作品でもないため、エロゲープレイヤーならいつか必ずプレイしてほしい作品でもあります。
続編となる『サクラノ刻』も早いうちに発表されてましたが、ついに2023年に発売。同時に最終作である『サクラノ響』の制作が発表され3部作であることが明らかになりましたが、第1作だけでも十分すぎるほどの名作です。
- 美術をテーマにした物語
- 心が震える後半の展開
- OPテーマ「櫻ノ詩」が神曲

あらすじ
春。 世界的な美術家である父の死により、天涯孤独となった主人公・草薙直哉は、親友である夏目圭の家で世話になることに。
そこには、直哉が通う学園の担任である夏目藍、圭の妹で女優の夏目雫 との交流が待っていた。
そして、新学期の到来と共に、遠い昔に転校した幼なじみ・御桜稟 が、再び直哉の前に現れる。
風に巻く桜の花びらの向こう。 それは、約束されていた再会の如く――。
時の刻みが想いを重ね、感情の奔流が形になるとき、そこで出会う光景とは?
購入ガイド
| タイトル | 対応OS | 発売日 | 入手難度 |
|---|---|---|---|
| サクラノ詩 -櫻の森の上を舞う- | Vista 7 8 | 2015.10.23 | 易 |
パッケージは1種類のみ。特典として複製色紙が2枚付きます。
初回限定版と書かれていますが、一部の通販では今でも新品で購入可能です。
これ以外に本作のパイロット版『サクラノ詩 第一章 ~春ノ雪~』が2008年に配布されていますが、プロジェクト初期にに作られたものなので、本編とはキャラ設定等が異なります。
中古価格はそんなに安くなっていないので、今から買うなら新品パッケージかダウンロード版を推奨。
ダウンロード版は定期的に半額セールの対象になっているので、セール時に買いましょう。
大丈夫だとは思いますが、続編である『サクラノ刻』と間違えないようにしてください。
中古で購入する場合もパッケージ版はかなり出回っているので入手性は問題ないと思います。
システム
ゲームエンジンはEthornell。画面サイズは1280×720。
プレイするうえで必要最低限の機能は揃っているオーソドックスなシステムです。ただ欲を言えば「次の選択肢まで進む」機能が欲しかったところ。2週目以降が結構めんどくさいです。
またオートモードのウエイト時間が台詞のあるなしで変わらないので、微妙にテンポが悪くなりますね。(つまり台詞を喋った後にもウエイト時間がある)
シナリオ

メインライターはすかぢさん、サブで浅生詠さん。III章真琴ルート以外はすかぢさんが書かれているようです。
主人公・草薙直哉は世界的な画家である父・草薙健一郎を亡くし遺産も放棄して天涯孤独になったところ、今は亡き母親の姉妹である夏目藍たちの暮らす”夏目屋敷”で一緒に暮らすことに。夏目屋敷から弓張学園に通うことになった直哉は相変わらず美術部とはつかず離れずの関係だったが、数年ぶりに再開した幼馴染の編入生・御桜稟と再会することによって物語が動き出します。
物語は全6章の章別構成。II章までが実質共通ルートでIII章が個別ルート、IV章の物語はII章からつながり、以降ほぼ一本道という珍しい構成です。
すかぢさんの書く物語はかなり個性的な作風が多いですが、この作品に関しては比較的読みやすいほうだと思います。
ただ今作では前作「すばひび」以上に文学作品からの引用が多く、また美術をテーマにした物語であるため(素人目には)マニアックな美術史の雑学が多数出てきます。この辺は多少難しいですが、「ほえ~そうなんだ~」くらいに軽く読み流しても大丈夫かと。
II章までの共通ルートは真琴や亘といった美術部員たちとのドタバタした面白おかしい日常と創作活動を描き、III章ではヒロイン別の物語が展開、とここまではオーソドックスですが、本命はV章以降。すかぢさんの書きたかったメッセージはここからだと言っても過言ではないと思います。
グラフィック

原画は狗神煌さん、籠目さん、基4%(もとよん)さん。
イベントCGは全部で141枚。一部SD絵も含まれます。
全体的にロリとまではいいませんが、やや子供っぽく見えるキャラデザです。胸は結構大きいんですが。
前作「素晴らしき日々」よりは角が取れてマイルドなデザインになっていますね。
ただ他社のエロゲーと比べるとややクセのある絵柄と言えるかもしれません。まぁ逆にそれが物語に合っているんですけど。
落ち着いたシックな色合いの彩色も特徴的。
ヒロインの可愛さをアピールするというよりは物語の一場面を切り取った構図が多いですね。
特に背景がすごく綺麗で、このままPCの壁紙にしたいくらい。メチャメチャ描き込まれているという綺麗さではないですが、その場の空気を感じられるような美しいCGが多かったように思います。
またヒロイン以外の男性キャラを描いたイベント絵も結構ありますね。こういうのはシナリオゲーならでは。
キャラクター

御桜 稟(みさくら りん)
主人公・直哉の幼馴染で、数年ぶりに弓張に帰ってきて再会を果たす。
頭が良くて成績優秀だが美術に関しては初心者。
夏目 藍
夏目家の長女で弓張学園の国語教師。
見た目は幼児体形だが頼りにはなるお姉ちゃん。というかむしろママ。
夏目 雫
直哉たちとは異なる学校に通う夏目家次女。
無口でマイペースな性格だが、すでに女優として活躍する芸能人。
鳥谷 真琴
弓張学園美術部現部長。直哉とは1年のころからの腐れ縁。
わざと傍若無人を演じているが、性格は繊細で責任感が強い。
氷川 里奈
直哉の幼馴染で自称妹後輩の1年生。
親友の優美と共に美術部に入部。
草薙 直哉
本作主人公で弓張学園3年生。美術部員ではないが、なんだかんだ言いながら活動を手伝う。
世界的芸術家を父に持ち、自身も絵の才能はあるが現在は筆を折っている。
この他に直哉の親友夏目圭、レズビアンを公言する川内野優美、神出鬼没な前部長明石亘、変態外人トーマスが弓張学園美術部メンバー。
さらに学外にもたくさん登場人物がいて人間関係もやや複雑なのでちょっと混乱するかも。
ボイス
| 萌花ちょこ(稟) | 澤田なつ(藍) | 早瀬ゃょぃ(雫) | 五行なずな(真琴) | 藤森ゆき奈(里奈) |
| 藤神司朗 | 大花どん | 雪村とあ | 歩サラ | かわしまりの |
| 鈴谷まや | 桜川未央 | きのみ聖 | 小倉結衣 | 秋野花 |
| 中里圭太 | 野☆球 | 真木将人 | 牛蛙キタロウ | やじまのぼる |
主人公除く主要キャラフルボイス。
メインからサブキャラまで経験豊富な声優さんが多いので安心して聞いていられます。
一部の方は兼ね役になってますが、言われるまで気づきませんでした。
中でも注目は藍役の澤田なつさん。私みたいな素人が聞いても頭一つ抜けている演技力なのがわかります。さすがエロゲ界の副ヘッド。
BGM
作中BGMは全部で42曲。作曲は松本文紀(Metrowing)さん、ピクセルビーさん、ryoさんの3人。
ピアノを使った優しい癒し曲が多いですね。多分ですけど一部の曲は生音だと思います。
あと楽しい日常を彩るドタバタしたギャグシーンの曲も意外に多いですね。
個人的お気に入りは優しいピアノの旋律に癒される日常曲『舞い上がる因果交流のひかり』。
神秘的な旋律が印象的な『夜空は奏でるだろう』。
爽やかながらどこか物悲しい『夢の歩みを見上げて』。
非常にゆったりとした曲調で夏目家での日常に流れる『夜の流れはゆっくりと』。
クラシック曲のアレンジである『シューマン交響曲第一番的日常』も癒されますね。
主題歌
| タイトル | 作詞 | 作・編曲 | 歌 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 「櫻ノ詩」 | すかぢ | 松本文紀 | はな | OP |
| 「Bright pain」 | 御空気色 | Blasterhead | 橋本みゆき | ED |
| 「Pica pica」 | すかぢ | ピクセルビー | monet | ED |
| 「ZYPRESSENの花束」 | すかぢ | ピクセルビー | monet | ED |
| 「天球の下の奇蹟」 | すかぢ | 松本文紀 | はな | ED |
| 「DearMyFriend」 | すかぢ | 松本文紀 | はな | ED |
| 「在りし日のために」 | すかぢ | ピクセルビー | monet | ED |
ボーカル曲は全部で7曲。残念ながらミュージックモードで聴くことができません。何故だ!
OPテーマを歌うのはケロQ/枕の歌といえばこの人、”はな”さん。
タン♪タン♪タン♪という階段を駆け上がるようなピアノのイントロで始まる、力強く前向きな曲です。曲調は最初落ち着いているのですが、サビに向けてどんどん勢いが増していき、「また上がるの? まだ上がるの?」といった感じで曲の終わりまでどんどんテンションが上がっていきます。
ファンの間でも非常に人気のある曲で、先日Twitter上で行われた「#ベストエロゲソングTOP10」でもぶっちぎりの1位を獲得しました。
またすかぢさんによる歌詞も物語のテーマに沿っていて、正に主題歌という感じ。
特に大サビにあたる
「すばらしき刻 瞬間を閉じ込めた永遠こそ
私たちの意味 そして意義だと
君は知るだろう さぁ うけとるがいい
永遠の相 この桜ノ詩の下」
この歌詞が素晴らしすぎる! 最後までプレイした人が歌詞を読めば、必ず”あのシーン”や”あのシーン”が脳裏に浮かびます。
私は本編では泣かなかったのですが、OPテーマ聴きながら歌詞読んでたら泣いちゃいましたもん。これぞ神曲!
EDテーマはエンディングのたびに違う曲が流れますが、どれも名曲。
返す返すミュージックモードで聴き返せないのが残念です。
ちなみにこれらのボーカル曲はすべて「サクラノ詩 ヴォーカルCD」に収録されています。当然のごとくプレミア価格になっていますがそんなに買えない値段でもありません。(2023年現在4000円前後)
一応公式通販のページはありますが、多分完売してますね。
今作に限らずはなさんの曲は素晴らしいものが多いので、再販なり配信なりしてもらえないですかねぇ。
ムービー
I章開始時にOPムービーが流れます。ムービー制作はMju:Zの癸乙夜(みずのと いつや)さん。
美術がテーマの物語なのでムービーも絵画を意識した作りになってます。
これがまた奇跡的なくらいにOP曲とリンクしていて、非常にリズム感の良いムービーです。多分多くの人が曲を聴いただけでこのムービーが脳内で再生されると思います。
また普通のギャルゲーはムービーでキャラの紹介をするのが通例ですが、この作品は各章のサブタイトルを紹介していくあたり、シナリオゲーであることを意識した構成ですね。VI章のタイトルが空白なのもニクイ。
攻略

I・II章に出てくるいくつかの選択肢を選ぶことによりIII章で分岐しますが、初回プレイは稟か真琴ルートのどちらかしか選べません。
選択肢の内容もわかりにくく、選択後も何か特別なイベントが発生するわけではない(未読の文章が1~2行現れるだけ)のでちょっと戸惑うかも。
攻略順は特に気にしなくてもいいと思いますが、あえて勧めるなら真琴→稟、あとは道なりで。真琴ENDと稟ENDを見るとI・II章に新たな選択肢が追加されます。
総プレイ時間はゆっくりやって50~60時間。かなりのボリュームなのでしっかり時間をとってプレイしてください。
Hシーン

回想モードに登録されるHシーンは14個。1ヒロインあたり2~4個になります。
尺はシナリオゲーとしてはやや長めでしょうか。1シーンでCGを3枚くらい使う場合もありますね。
また1回だけ主人公の絡まない百合Hがあります。Yes!
内容は比較的オーソドックスなもの。ほぼ全員に口でするシーンあり。
胸は雫と藍以外かなり大きめ。立ち絵よりもHシーンのほうが大きく見えますね。
ヒロインは結構卑語も言いますが、伏字やP音による修正が入ります。
日常シーンの台詞にも結構修正が入り、「幼女」という言葉すら修正が入るくらい厳しいです。
感想

皆さんは”天才”に出会ったことってありますか?
言葉としては馴染みがあっても、ガチの”天才”が身近にいる人ってそう多くはないのではないでしょうか。そもそも天才自体滅多にいませんし。野球の大谷翔平選手や将棋の藤井聡太さんみたいな。
この『サクラノ詩』という作品は美術がテーマの物語ですが、登場人物の中に”美術の天才”が出てきます。ただどちらかというと、天才当人だけでなく天才の周りにいる人間にもフォーカスした物語です。
”天才”と”かつて天才と呼ばれた人”、そして”凡人”。凡人といっても一般の人よりは技術も才能もあるのですが、だからこそ自身と天才との格の違いを理解できてしまう。そんな凡人の魂の叫びにはちょっと心が抉られます。大谷選手や藤井さんの周りにも才能の違いに打ちひしがれた人っていたんでしょうか。
またこの物語は「美術とは何か」「芸術家とはどういう存在か」を考えさせられるものでもあります。芸術家がどんな思いで作品を描いているのか、周りの人間にどのような影響を与えるのか、そして作品を通じて親から子へ・先輩から後輩へと受け継がれていく芸術に対する思い、そんなものを強く感じさせる物語でした。
このお話の中には多少ファンタジックな展開や設定が出てきますが、基本的にはリアルな世界観です。ファンタジー設定はある意味舞台装置みたいな感じでしょうか。
特に物語の後半部分はリアルというか現実的で、安易な奇跡や魔法は出てきません。
ラストもややビターなエンディングで、奇跡によるハッピーエンドにしなかったのはすかぢさんらしいと言えます。たぶんこれがKey作品だったら最後に奇跡起こしてた(笑
Ⅲ章でヒロイン別のルートを描いた後、Ⅳ章以降で本命のルートが開始されるというのはKey作品等によくある構成ですが、この作品はヒロイン別の個別ルートがあるからこそ、Ⅳ章以降の感動につながる面もあるので、作品全体としての完成度は非常に高いと思います。
ただ序盤の真琴・稟ルートまではあえて”普通のエロゲ”っぽく作ってる感じなので、正直なところ「名作名作言うわりにこんなもん?」と肩透かしを食らうかもしれません。
何度も言いますがこの作品の本番はIV章以降です。
そのIV章以降の物語にしてもあまり派手さは無く、むしろ地味な作風です。
また物語は一応〆られていますが、完結はしていません。続編である「サクラノ刻」に続くような終わり方になっています。
なのであまり初心者さんにおすすめできる作品ではありませんが、そのぶん他のどの作品とも違う独特な物語で、多くのプレイヤーの心を打つ作品です。すべての物語を読み終えた後は、心から「この作品をプレイできてよかった」と思えました。
この年に発売された作品の中ではぶっちぎりの評価を得ているのも頷けます。
作風的に合う合わないはあるかもしれませんが、正にすかぢさんが書きたいものを書いたという作品だと思います。こういう作品が生み出されることがあるのもエロゲ業界ならでは。
ある意味一番の天才は、この物語を生み出したすかぢさんかもしれないですねぇ。


