ギャルゲーの文化や市場が最も成熟しているのが日本であることは疑いようがないと思うのですが、最近は海外のデベロッパーやクリエイターの方が制作した作品も結構増えてきました。
今回紹介する作品は中国の零创游戏(ZerocreationGame)というインディーズブランドから発売された全年齢向けノベルゲーム『飢えた子羊』。
テキストはもちろん音声やUIも日本語化されているため、日本のゲームと変わらない感覚でプレイすることができます。
この作品は日本での知名度はそんなに高くないと思うのですが、日本国内でもSNS等で話題になったり大手ゲームサイトで紹介されたりしてじわじわと人気を上げている作品です。先日全世界の販売本数が100万本を超えたこともアナウンスされました。
物語の舞台となるのは西暦1632年、明朝末期の中国。主人公の”良”が相棒の男と共に「子羊」と呼ばれる4人の少女を人買い業者から受け取り、洛陽まで運ぶ旅をするというのが大まかなストーリー。
この時代の中国はひどい飢饉や災害で世の中が乱れに乱れ、略奪や人身売買が横行し、日々の食料すら満足に得ることができない人が続出する世界。
物語は終始陰鬱な雰囲気で進み、萌えや笑える要素はもちろん恋愛描写すらほぼ皆無という非常に硬派な作風です。
旅の途中で様々な危機が訪れるなか、子羊の一人である”穂”の過去が少しずつ明らかになるにしたがってどんどんプレイヤーを物語に引き込んでいきます。この辺のストーリーテリングのうまさもこの作品の魅力。
全年齢向けなのでエロゲーではないことはもちろん、ギャルゲーですらないような純粋なノベルゲームです。非常に暗くて重いストーリーなので、正直言ってあまり気楽にプレイできる内容ではありません。
ただ値段も安くプレイ時間も短いので、小説を読むような感覚でプレイするのが良いかと。
- 史実に基づいた1600年代前半の中国(明朝末期)が舞台
- 一人の少女による復讐の物語
- 大飢饉のなか、盗賊や人買いのはびこるダークな世界観

ブランド | ZerocreationGame |
ジャンル | アドベンチャー |
初回発売日 | 2024.4.23 |
DL版価格 | 1,200円 |
シナリオ | 嵇零 |
原画 | 胡桃-o-夹子 |
おすすめ度 | 80 |
シナリオ傾向 |
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購入ガイド
タイトル | 対応OS | 発売日 | 入手難度 |
---|---|---|---|
飢えた子羊 | 7 8 10 | 2024.4.23 | ー |
購入できるのはSteamによるダウンロード版のみ。パッケージ版の類は今のところ発売されていません。
定価も安いうえにちょくちょくセールも行われているので、1000円以下で買える時期もあります。
販売当初の日本語化はテキストのみでしたが、2024年の10月に音声も日本語化されました。
プログラム自体はWindows7以降に対応となっていますが、SteamクライアントがWindows10以降にしか対応しなくなったので、古いOSで動かすのは難しいと思います。
CS版は現在Switchで制作中とのこと。
Steamのページには同ブランドの過去作も一緒になったバンドル版も販売されていますが、他の作品は日本語化されていないので単品で買ったほうがいいですね。
システム
システムは画面下にテキストが表示されるオーソドックスなADVタイプ。
海外製のソフトですが、UIを含めて全て日本語化されているのでプレイするうえでの障壁はありません。CGモードや音楽モードでまだ見てないものが「ロックされた」という妙な日本語になってるのが気になるくらい。
音声やテキストはいつでも中国語や英語に切り替えることもできます。(英語はテキストのみ)
また物語がどれだけ進行してどこに分岐があるかを示したフローチャートをいつでも見ることができますし、一度見た章はフローチャートから入ることもできます。
ただテキスト履歴がほんの少ししか戻ることができないのが不便といえば不便ですね。
Steamを通して販売されているため、プレイする際は必ずSteamクライアントを起動させる必要があります。ただゲーム自体は軽いプログラムなので、一般のゲームと比べると素早く起動します。
実は私、今回初めてSteamを導入したんですが、最初は戸惑ったものの慣れると結構使いやすいですね。インストールもクリック一つで完了しますし、所持しているゲームの管理もしやすく、トータルのプレイ時間や実績も一目でわかるのですごく便利です。
これと比べてしまうと日本の配信サイトは手動でやる部分が多くて手間がかかりますね。というか今どきダウンロードやインストール作業をユーザーが手動でやってるのって日本のPCゲーム業界だけなんじゃ…。
シナリオ
シナリオライターは嵇零さんという方。
インタビューによると映画『レオン』のような復讐劇や、『菊次郎の夏』のようなロードムービーを参考にして制作されたそうです。どちらも大人と子供を関係を描いた作品ですね。
物語の舞台は17世紀(1632年)の中国大陸。盗賊を生業としていた主人公の”良”と相棒の”舌”は、仲間の業者からの依頼で4人の年端もいかない少女を”子羊”として受け取り、洛陽(中国の大都市)の依頼者に売るために長い旅に出発するところから物語は始まります。
”子羊”というのはまぁ奴隷みたいなものですが、当人たちにはそんなに悲壮感はありません。「餓死するよりは売られたほうがマシ」みたいな感覚のようです。
時代背景は明朝末期、度重なる大飢饉や災害によって餓死者が続出し国全体が荒廃している世界観。この辺の世界設定は史実に沿っていて、実際の歴史でも飢饉が頻発したあと李自成やドルゴンが登場して明が滅亡することになります。
ストーリーは章別構成で、メインルートとなる主人公の”良”視点の物語が「良の章」として全15章+α。それとは別に定期的にヒロインである”穂”視点の過去話として全7章の「穂の章」が挿入されます。これは穂が主人公に会うまでの数年間を時系列順に描いた”追っかけ再生”のようなもので、穂の章を最後までプレイした後で、良の最終章に突入するという流れ。この構成は上手いですね。穂の章の最後で良の章と繋がったときはゾクッとしました。
物語は全体的に陰鬱な雰囲気で進みます。笑えるギャグシーンは皆無で、甘々なイチャラブシーンもほぼないため、一般的なギャルゲーのような恋愛描写を期待してはいけません。
特に穂の章ではお金はもちろん日々の食べるものすらなく、家族がどんどんやせ衰えていく過酷な飢饉の惨状が描かれます。目を覆いたくなるような悲惨な状況なので覚悟して読むようにしてください。
日本語への翻訳は読むぶんには特に問題ありません。
一部の漢字(反・直・将など)が中国で使われているフォント(簡体字?)になっていますが、普通に読めると思います。
ただ会話文に関してはテキストとボイスが合ってないことがちょくちょくありました。
また地の文において「~した。」「~した。」「~した。」みたいに語尾が連続することがよくあったり、事実を並べるだけの描写が続いてやや淡泊に思えるシーンも多かったですね。翻訳担当の方があまり小説等に慣れてなかったのかもしれません。
あと作中でサツマイモを食べるシーンがあるんですが、中国で「サツマ」イモってどうなん?と思ってしまいました。余計なツッコミかもしれませんけど(笑
グラフィック

原画家は「胡桃-o-夹子」さん。元々は別の原画家さんが担当してたんですが途中で交代したらしいです。
萌えとか無縁のシックなキャラデザで、水彩画のようなアナログ感のある彩色。派手な色は少なく、物語の雰囲気に合ったいい意味で暗い感じのする絵柄ですね。
背景も細かいですが、どこか手書きっぽい雰囲気を残しているのがとても物語に合っています。
CGモードで見ることのできる画像は58枚。ただこれは差分も重複しているので実質的には30枚くらい。さらにメインヒロインである穂を描いたのは10枚ほどしかないので、ヒロインを見せるというより物語を見せることを主眼に置いた構成の絵が多いですね。
立ち絵は主要キャラはもちろん、ちょっとしたモブキャラにも用意されていたりと非常に豊富。
ただ表情が変化するのは穂をはじめとする一部のキャラのみで、服装も変わりません。これはまぁ仕方ないか。
キャラクター

穂
自称9歳の少女で本名は満穂。年不相応に賢く、謎めいた雰囲気を持つ。
妖怪のような存在”豚妖”に姉を殺され、復讐のために自らを人買い業者にゆだねて洛陽を目指す。
良
本作主人公。数年前に「天啓の大爆発」(実際にあった原因不明の爆発事故)に巻き込まれ、家族を失ってからは盗賊となって悪事を働く。
金品を奪うためなら殺しもいとわないが、女や子供は殺さないという信念を持つ。
この他に良の相棒で口が回る”舌”、穂と同じく”子羊”として売られる瓊華(けいか)と紅児・翠児の姉妹。この6人が一緒に旅をするメンバー。
旅の後半では良の昔の知り合いである女性・鳶や、”兄貴”と呼ばれる反乱軍のリーダー、そして子羊4人の買い主である”豚妖”などが登場します。
当然ながらキャラの名前は中国名なので、日本人には漢字が読みにくかったり馴染みがなかったりすることが多いかも。”良”はまだともかく、”舌”って日本ではあんまり名前に使わない文字ですし。
ボイス
釘宮理恵(穂) | |||
清水理沙(瓊華) | 渡辺広子(紅児) | 山田唯菜(翠児) | 渡辺広子(鳶) |
堀江一眞 | 宮本克哉 |
主人公以外全キャラフルボイス。
メインヒロイン(?)である穂を演じるのはみんな大好き釘宮理恵さん。今作では「くぎゅうううう」と言いたくなるような感じではなく、非常に理知的で落ち着いた演技です。
それでも隠し切れない艶のあるボイスはさすが釘宮さん。特にラストシーンの演技は必聴です。
その他の名前は…すいません、私は知らない方ばかりでした。
新人さんではないので別に下手というわけではないのですが、釘宮さんが上手いぶんちょっと差を感じてしまいますね。
男性声優は2人だけ。
おそらくモブキャラもこの2人だけで演じているため、「この声さっきと同じじゃね?」ってことが何度もありました。
また紅児と翠児は田舎出身の姉妹という設定ですが、姉の紅児は訛りのある喋り方なのに妹のほうは普通に標準語のイントネーションで喋っているのは違和感がありました。これは声優さんの責任ではないと思いますが、もう少し何とかならなかったものか。
作中では穂が”影絵劇”を演じるシーンがあって、台詞をミュージカルのように節をつけて歌い上げます。ただこれは正直なところ日本語で表現するのは無理がありますね。なんだか子供が適当に作った歌のような稚拙さを感じてしまいました。海外映画の吹き替えでよくある「歌のシーンだけ現地語」という方式のほうが良かったかも。
BGM
BGMの作曲は林方舟さん。
音楽モードで聴ける曲は15曲。短いながらも印象的な曲が多いですね。
サントラはSteamから無料でダウンロードできます。
お気に入り曲はタイトル画面でも流れるメインテーマ「帝國の終焉への旅」。ゆったりしたイントロではじまり、だんだんと力強さを増していく曲調は雄大な中国大陸を想起させます。
緊迫感のある「一触即発」は短いながらもまるで映画音楽のよう。
中国の楽器を使ったと思われる「出會える」は”ようやくたどり着いた未来”という感じのラストに相応しい曲。
「寄り合う心」はタイトル通り、良と穂の心が通じ合ったようなピアノの旋律が印象的。
主題歌
タイトル | 作詞 | 作曲 | 歌 | 備考 |
---|---|---|---|---|
「凶荒千里行」 | 嵇零 hanser | 塔库 | hanser | ED |
エンディングには中国語による主題歌が流れます。
悲壮感の漂うメロディですが、妙にサビの部分が耳に残る良曲。歌っているのはhanserさんという女性の方で、なんだかアニメ声優のように艶のある歌声だなぁと思ったら、この方は中国語版で声優も務めてるんですね。
ムービー
本編中にOPムービーはありません。
その代わり長めのPVが公開されています。
ゲーム中のCGを使って制作されたものですが、4分近い長さがあるので同じCGが何度も使われていますし、一部は終盤のCGもあるのであまり注意して見ないほうがいいかも。見るなら主題歌のワンコーラスぶんだけにしましょう。それだけで作品の雰囲気は十分伝わってきます。
エンディングムービーはスタッフロールのみ。
制作者だけでも結構な数がいますが、加えてクラウドファンディング協力者と思しき人の名前が数百人分表示されます。ぶっちゃけダルいです(笑
攻略
物語のネタバレというわけではないですが、エンディング構成の解説をするのでまっさらな状態でプレイしたい方は以下の数行は読み飛ばしてください。
物語中に出てくる選択肢によって複数のエンディングに分岐します。
選択肢は主にBADエンドに直行するものと、穂に対する好感度が変化するものがあります。
わかりやすいものが多いのでTRUEエンドに行くぶんにはそんなに迷うことはないかと。
初回プレイでは好感度最高でもノーマルエンド的なものしか見ることができません。
その後、2回ほど他のエンディングに進むと「穂の章」が1つずつ追加されます。
「穂の章」を最後まで見た後で好感度が最高値の状態で本編を進めると、最終章に繋がる選択肢が出現します。
最終章のTRUEエンドは2つ。
そのうちの1つは未来につながるような後味の良いエンディングなので、こっちを後にプレイしたほうがいいですね。
なので最後の選択肢では「成功率が低そうな」選択を先に選んでください。
総プレイ時間はゆっくりやって10~12時間くらい。
エンディングやCGをコンプするのは楽ですが、実績をすべて解除するのはほとんどの選択肢を試さないといけないのでやや手間がかかるかも。
感想

この作品は事実上Steam限定で今のところコンシューマ化等もされていないため、日本においてはそこまで有名な作品というわけでもないと思います。
私も正直最初は全く知らなかったんですが、Twitterのフォロワーさんたちがプレイしていたのを見て試しにプレイしてみることに。中国はおろか他の海外産のノベルゲームをプレイするのは初めてで楽しめるかどうかちょっと不安だったんですが、全くの杞憂でしたね。世界観こそ日本人にはやや掴みにくいところはあるものの、物語の完成度は非常に高く、ものすごく引き込まれました。
史実に沿った世界観
物語の舞台となっている明朝末期(西暦1600年代前半)は日本人にはあまり馴染みがないかもしれませんが、ひどい干ばつや災害などで餓死者が続出し、生きるために盗賊になったり人身売買をするしかないほど世の中が乱れているという時代背景。史実でもこの時期に大飢饉が起きていて農民の反乱が続出し、明滅亡の要因の一つになっています。
そんな中でも富める者は富み、貧しい者はさらに貧しくなって格差が広がり、為政者への不満が募っているというのはある意味現代社会にも通じるところがあるかも。こういう作品を中国の方が作っているというのも興味深いですね。今の中国も経済格差がひどいって話ですし。
歴史上の人物も物語にしれっと登場していたりするので、中国史好きの人はより楽しめるかも。ただ知らない人も調べるのはプレイした後でも十分楽しめると思います。私はすべてクリアした後にWikipedia等で調べてみたんですが、終盤の展開は割と史実に沿った部分もあって、「これ本当にあったことなのかよ!」と驚かされました。
物語構成の妙
ストーリー前半は主人公の良が相棒の舌とともに4人の女の子を売るために洛陽を目指した旅をする―というお話ですが、中盤のとあるポイントから穂の存在感が増していき、少しずつ穂の復讐劇の様相を呈していきます。
そして穂の復讐の目的がわかるのは物語の最終盤。しかもそれに至る穂の経緯は2週目以降のエピローグとして追加されていく形なので、複数の結末を見せつつ穂の過去を明かしていき、それによってより感情移入しやすくなるというゲームならではの上手い構成です。
穂の目的を知ったうえで改めて最初からプレイしたくなりますし、「復讐の相手が善人になっていたらどうするのか?」という穂の問いにも複雑な感情が垣間見えてきます。
物語のラストは対称的な2つのTUREエンドが用意されてますが、どちらも綺麗に〆られています。泣くとまではいかないものの、感動的で読後感の良いラストです。あえてその後の詳細を語らず、プレイヤーの想像に任せるような〆方になっていますね。
海外産のノベルゲームということでちょっと構えてしまうかもしれませんが、普通に日本人にも楽しめると思うので、陰鬱な雰囲気が大丈夫な人には是非プレイしてほしい作品です。物語中の選択肢にちゃんと意味があるのも、ノベルゲームの原点に返ったような気にさせられますね。
ちなみに開発元からは2025年の第4四半期に続編となる『泣き叫ぶ雁』が発売予定になっています。すでに日本語化も決まっているようですし、『飢えた子羊』のキャラも出てくるそうなので、こちらも今から楽しみです。