アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』等の脚本で知られる虚淵玄さんがシナリオを担当した作品『沙耶の唄』。ただでさえ尖った作風の多い虚淵作品の中でもさらに異色な作品です。
分岐も少なく、オールクリアまで10時間もかからない短編ですが、内容は(いろんな意味で)非常に濃い物語となっています。
物語の雰囲気はジャンルが示す通り、SFサスペンスホラー。開始直後からいきなり恐ろしげな展開で始まりますが、そんなのはまだ序の口。進めていくうちに思わず目を背けたくなるような凄惨な描写も出てくるので、グロい表現が苦手な方は要注意。
ホラーといっても単に”化け物が襲ってくる”という恐怖だけでなく、人が狂気に染まっていく恐怖というものをリアルに描いているのがこの作品の凄いところ。
愛するモノのためなら全てを敵に回してもかまわない、そんな”狂気”と”純愛”がこの作品のテーマなのかもしれません。
この作品は推しも推されぬ名作であることは間違いないのですが、極めて鬱要素が強いので、相応の覚悟を持ってプレイするようにしてください。少なくともヒロインとのキャッキャウフフなイベントを目的にプレイしてはいけません。(そういうシーンもあるにはあるけど)
公式サイトで公開してるあらすじやキャラ紹介があえて内容をぼかしているため、どこまで説明していいか迷うとこではありますが、一応このページでは正確な世界設定も紹介します。まっさらな状態でプレイしたい方は以下のレビューは見ないでください。まぁ開始数クリックでわかることなのでネタバレというわけでもないと思いますが。
あらすじ
爛れてゆく。何もかもが歪み、爛れてゆく。
公式サイトより
交通事故で生死の境をさまよった匂坂郁紀は、
いつしか独り孤独に、悪夢に囚われたまま生きるようになっていた。
彼に親しい者たちが異変に気付き、救いの手を差し伸べようにも、
そんな友人たちの声は決して郁紀に届かない。
そんな郁紀の前に、一人の謎の少女が現れたとき、彼の狂気は次第に世界を侵蝕しはじめる。
購入ガイド
タイトル | 対応OS | 発売日 | 入手難度 |
---|---|---|---|
沙耶の唄 | 98 2000 Me XP | 2003.12.26 | 並 |
沙耶の唄 Nitro The Best! Vol.2 | 2000 XP Vista | 2009.7.31 | 並 |
沙耶の唄(あそBD) | BD-PG | 2013.2.28 | やや難 |
沙耶の唄 Nitro The Best! Vol.2 Windows 10対応版 | 7 8 10 | 2017.4.28 | 易 |
PC版のうち通常版と廉価版(Nitro The Best!)は、ほんの少し修正されているだけで、内容はほとんど同じものです。パッケージもトールケースサイズで実にシンプル。また通常版にはトレカが1枚付属します。チラシと一緒に捨てないようにしてください。
2017年に発売されたWin10対応版は文字通り現行OSに正式対応し、解像度も上がったもの。今から買うならこちらを推奨。基本的にダウンロード版もこれと同じものです。定価も非常に安くなっているので買いやすいですね。
この他にモバイルアプリ(Android)版や、ちょっと変わったところではアメリカで発売された海外版も存在します。アメリカではさらにコミックも出ているのですが、絵柄がシュールすぎる(笑
PC版以外にはあそBD規格のブルーレイディスク版もあり、BD再生機でプレイすることが出来ます。
残念ながらファンディスクの類はありません。一応『ニトロ+ロワイヤル』や『ニトロプラスブラスターズ -HEROINES INFINITE DUEL』というニトロキャラ総出演の格闘ゲームに沙耶も出ていますが、関連作品といえばそのくらい。
システム
全画面に文章が表示されるノベルタイプのシステムです。画面サイズは800×600。(DL版は1280×960)
必要最低限の機能は備えていますが、音声リピートやシーン回想が無いのはちょっと残念です。なぜかキャンセル目的での右クリックが使えないうえにキーボードショートカットの割り振りも特殊なので、やや使い勝手が悪いUIですね。
作中で凄惨かつグロテスクなシーンがあるため、設定によりCGをボカすことが出来ますが、まぁ言うほどグロいというわけでもないと思います。ちょっと変な生き物やバラバラ死体が出てくるくらい(笑
開始直後は「バグか?」と思うかもしれませんが、安心してください。あなたのPCは正常です。
シナリオ
物語は交通事故により脳に障害を持ち、見るもの聞くもの触るものすべてが醜い化け物としか認識できなくなった主人公の大学生が、唯一人間らしく認識できる1 人の少女・沙耶と出逢ったことから始まります。豹変してしまった主人公に友人たちが困惑する中、2人だけの世界にのめり込んでいく主人公は…。
この設定でピンとくる方も多いと思いますが、この作品は手塚治虫の『火の鳥 復活編』のオマージュになっています。作中でもそれとなく言及されていますし、別にオマージュ元の結末を知っていても問題ありません。
また作中で出てくる用語や概念は、クトゥルフ神話から持ってきたと思われるものも多いですね。
シナリオ担当は、後にアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』や『Fate/Zero』等で名シナリオライターとしての地位を築き上げることになる虚淵玄さん。
虚淵さんといえば主要キャラが非業の死を遂げることの多いことでも有名ですが、この作品でもその”虚淵節”は健在。むしろ虚淵ワールド全開といっても過言ではなく、どのエンドも手放しでは喜べない鬱要素満載です。
中盤以降かなり凄惨な展開となり、思わず目を背けたくなることも多々あるのでご注意を。
テキスト自体はノベルタイプのシステムだけあって地の文が多く、小説のような文体です。凝った表現も多いので一般的なADVに慣れた人からすると堅苦しく思えるかもしれませんが、こういう文体だからこそ虚淵作品を最大限楽しめるんじゃないかと思います。
グラフィック
原画担当は後に『あやかしびと』(propeller)等の燃えゲーの原画を担当することになる中央東口さん。色鮮やかなCGは少なく、色数の少ない落ち着いたシックな絵柄です。
どのキャラも服のシワや影が多く描かれていて、作品の暗い雰囲気作りに一役買っていますね。
背景もあえてラフっぽい描き方にしていて、抽象世界のような雰囲気を醸し出しています。
ちょっとしたシーンにもイベント絵が使われているので、いわゆる”立ち絵”があまり使われていないのも特徴的です。この辺は短編作品ならではですね。
この作品はグロいシーンが多いことで有名ですが、CG自体はそんなにグロくはありません。いやもちろん、グロいっちゃグロいんですが、後のグロ作品と比べると幾分抑えた表現じゃないかなと。
化物の描写にしても一部をズームアップしたものしかなく(これはこれで気持ち悪いのですが)、全体像はプレイヤーに想像させる形になっています。
また背景の一部は実際の写真を加工したものになっていて、非常にリアル感が出ています。
キャラクター
匂坂 郁紀(さきさか ふみのり)
本編主人公の医大生。交通事故の後遺症により見るものすべてが化物や肉塊に見えてしまう。
沙耶(さや)
本編ヒロイン。ロリっ娘。
見るものすべてが化物に見える郁紀が、唯一普通の人間として認識できる少女。
津久葉 瑤(つくば よう)
郁紀に想いを寄せる大学のサークル仲間。
胸が大きいのですがちょっと垂れ気味なのが妙にリアル(笑
戸尾 耕司(とのお こうじ)
郁紀の親友であり、同じくサークル仲間。
高畠 青海(たかはた おうみ)
耕司の彼女で瑤の親友。同じくサークル仲間。
丹保 凉子(たんぼ りょうこ)
郁紀の主治医。
基本的にこの6人を中心にして物語が進みます。一応郁紀が主人公ですが、視点は頻繁に変わるので郁紀視点で進むのは全体の半分くらい。
主要キャラが皆大学生で成人しているので年齢に関する描写もあります。沙耶の年齢はまぁ・・・、ほら、沙耶だから大丈夫(笑
それにしても読みにくい名前が多いですね。瑤は思わず「はるか」と読んでしまいそうですが字が違います。
ボイス
川村みどり(沙耶) | 矢沢泉(瑤) | 海原エレナ(青海) | 佐藤まこと(凉子) |
氷河流(郁紀) | 片岡大二郎(耕司) |
主人公含め、全キャラフルボイス。
ロリーなボイスが可愛すぎる沙耶役の川村みどりさんは、ボイス付エロゲ黎明期から(姉妹の方が)活躍されているベテランさん。
主人公の郁紀役はグリーンリバーこと氷河流(ひかる)さん。この方のイケメンボイスはエロゲ界の至宝。
BGM
曲数は13曲。作曲は、音楽製作チームZIZZ STUDIO。
ニトロプラスの音楽はいつもこのチームなんですが、今作はサスペンスホラーということで恐怖感を出すためか不協和音を多く利用した曲が多くなっています。
なんというか、”メロディ”と呼べるものが少ない、音楽というよりは効果音に近い曲もありますね。
また音楽モードでも確認できるのですが、曲名がすべて「S」で始まる英単語や熟語になっています。
そんな中でも非常に印象的な曲が、作品のメインテーマとも言うべき「SONG OF SAYA I」。一度聴いたらずっと頭の中でリピートされてしまう曲です。らん♪~~~、らん♪らん♪らん♪~~~。
主題歌
タイトル | 作詞 | 作曲 | 編曲 | 歌 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
『沙耶の唄』 | 江幡育子 | 江幡育子 | 磯江俊道 | いとうかなこ | ED |
『ガラスのくつ』 | いとうかなこ | 村上正芳 | 村上正芳 | いとうかなこ | ED |
エンディングテーマを歌うのは、ニトロプラスといえばこの方、いとうかなこさん。
どちらも素晴らしい曲なのですが、『沙耶の唄』のほうは是非、プレイ後に沙耶の台詞入りのFullバージョン(本編未収録)を歌詞を見ながら聴いてください。確実に泣きます。
どちらもゲームのサントラか、いとうさんのアルバムに収録されています。
ムービー
この作品にOPムービーに当たるものはありません。
ただ最近になってニトロプラスのCGチーム・ニトロアーツからPVが公開されました。ちょっぴりネタバレチックですがプレイ前に見てもほぼ問題ないかと。
攻略
短編なのでプレイ時間は非常に短く、エンディングまでゆっくりやってもせいぜい5~6時間、総プレイ時間も10時間に満たないと思います。
EDの数は全部で3つだけ。うち1つは物語が途中で終わる実質的なBADエンドなんですが、ある意味他の2つよりは幸せなENDかも。
残りの2つは一番最後で分岐するのですが、たぶん最後にボーカル曲の「沙耶の唄」が流れるほう(通称”開花エンド”)がTRUEエンドですね。
攻略自体は簡単で、選択肢も2箇所しかありません。しかしその2つが非常に迷う選択肢なので、初見ではほぼ運任せになると思います。TRUEエンドを最後にとっておきたい人は攻略サイトで確認しておいたほうがいいかも。
Hシーン
何故かシーン回想モードがないので確認しにくいのですが、Hシーンは沙耶に数回(4~5回?)、サブキャラの瑤に3回くらい。そのうち2回ほどは陵辱シーンになります。
シーン自体は非常に短く、他の純愛エロゲにあるような女の子を横たえて1枚ずつ服を脱がして入念に愛撫して…、みたいな悠長なことはしません。いきなり素っ裸になって速攻で愛し合います。
でも何気に物語的には非常に重要な意味を持つんですよね。
感想
数あるエロゲの中でも極めて異色なこの作品。
短編でありながら、というか短編であるからこそ非常に凝縮した濃密な物語となっています。どうでもいいシーンが全く無いので、休む間もなく一気にプレイすることになるかと。
ヒロインの「沙耶」が示すあまりにも純粋な愛情、登場人物たちのあまりにも残酷な運命、それらを見事にまとめ上げた虚淵さんの力量には脱帽せざるを得ません。
メインヒロインである沙耶と郁紀の想いは正に究極の純愛。
自分が同じ立場になったらどうするか、みたいなことは誰もが考えてしまいますよね。
「それは、世界を侵す恋。」というのがこの作品のキャッチコピーなんですが、まさにこの物語を一言で表している非常に秀逸なコピーだと思います。
作風があまりに個性的過ぎるため初心者さんにいきなりお薦めできるものではありませんが、たまにこういうとんがった作品が出てくるからこの業界は面白いですね。しかも00年代前半に。
むしろこういう作風を許容する土壌があったからこそ、虚淵玄というクリエイターを産み出すことが出来た、というのはエロゲファンの驕りでしょうか。虚淵はワシが育てた。
ぶっちゃけ最近の虚淵作品はあんまり人が死なないので、良くも悪くもちょっとマイルドになった感が否めませんが、初期の虚淵作品特有のSAN値をゴリゴリ削られるような陰惨な物語を求める人にはぴったりの作品かと思ます。